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時評2010 草食系の虎(タイガー)について

橋本 治

 タイガー・ウッズが自分の家の近くで交通事故を起こして、それが「浮気がバレた結果、怒った奥さんにゴルフクラブを振り回されて逃げた末のこと」という話を聞いた時、「可哀想に」と思った。浮気相手が実名で登場して、哀れなタイガー・ウッズの「浮気がバレそうなんだ云々」の声までオープンにされちゃって、「相手は三人もいる」になっても、やっぱり「可哀想に」という思いは消えず、それが「相手は十人以上」になってしまうと、「ああ、光源氏というのはこういうものでもあるな」とは思う。


 私は『窯変源氏物語』の作者なので、光源氏のことに詳しいはずなのだが、それでも「光源氏はタイガー・ウッズみたいな人」と言っても信じてはもらえないだろうから、その件は言うだけに止めておく。


 どうして私がタイガー・ウッズを可哀想だと思うのかというと、浮気がバレた彼が、すぐに逃げ出そうとしたことですね。「浮気がバレたらどうするか」という覚悟がないから、すぐに逃げる−−奥さんは怒って、車のガラスを叩き割りに来る。「奥さんはこわい人なんだな」と思い、「浮気がバレたらどうするか」という覚悟のないタイガー・ウッズは、「奥さんはとってもこわい人になりうる」という認識もなかったんだろう。品行方正で純な坊やみたいな顔をしているタイガー・ウッズを見ているとそう思う。


 「そういう純な坊やがどうして女にだらしないのか」ということになると謎みたいだが、実は違って、事は「そういう純な坊やだから、女にだらしなくなれる」と考えるべきなのだ。


 女のことをなにも知らない。女に関する免疫がない。そして気がついたら、「女は自分のそばに寄って来る。ちょっと手を出せばすぐに付いて来る」という状態になっている。そうなったら歯止めがきかない。根本は貪婪な草食動物が、「ふっと顔を上げたら、近場にすごくいい餌場があった」というようなもので、ヨタヨタと歩いて行っておいしい草をムシャムシャ食う−−食って一服して顔を上げると、また新しい餌場があって......、ということの繰り返しみたいなもんだろう。どう考えても、積極的に狩をする肉食動物の行動ではない。だから、愛情に関しては肉食系の奥さんに追われて逃げる。

(続きは本誌でお楽しみ下さい)

〔『中央公論』2010年2月号より〕