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常岡浩介、カルザイ政権の闇と拘束の真相を語る

アフガニスタン拉致ジャーナリストの証言
西牟田 靖 (ジャーナリスト)

「俺たちはタリバンだ」

─拘束中のことを教えてください。

常岡 拘束されたときは、すぐに解放されるだろうと思っていました。ヒズビ・イスラミを名乗っているから大丈夫だろうと。ヒズビ・イスラミは以前に幹部全員に会って取材していましたし、取材に協力してもらっていた友達もヒズビ・イスラミ党員の人が多かったものですから。
 でもその後、「殺される」と思うようになりました。捕まえられた当初は、タリバンとの戦闘を自慢げに話していたのが、日本大使館への脅迫を始めたと同時に、「俺たちはタリバンだ」と自分たちのことをごまかすようになったからです。カーリー・アブドゥラ・ハリムという犯人グループの幹部が電話を持ってきて、「しゃべれ」と言う。電話は日本大使館につながっていました。「拘束しているのはタリバンだと言え」と言われました。それ以降、兵士たちは自分たちのことを照れながら「タリバンだ」と言うようになりました。五月末、農民一人が連れてこられて、二日後にスパイとして処刑されました。彼らは、絶対ヒズビ・イスラミであることをバレまいとしている。そういうことから、「口封じのために僕を殺すしかない」と結論を出すだろうなと思いました。

─拘束中は何をしていましたか。

常岡 毎日空を眺め、月の満ち欠けを眺め、鳥が雛を育てるのを眺め、蟻が共食いするのを眺め、蜂が幼虫を育てるのを眺め、あとはひたすらうまいものを食いたいとか、インターネットにアクセスしたいとか考えていました。妄想しないと、鬱になってくるので。

─食事の内容は?

常岡 最初の頃は、パンとお茶しか出てこない日もありましたが、上官の命令があったらしく、途中からは一日三食、毎食ごちそうが出てきました。たぶん司令官から「お世話代」が出ていたんでしょう。

─イスラム教徒であることは役に立ちましたか。

常岡 僕を捕まえた部隊の兵士は、「アメリカ人だったら殺すつもりだった。(おまえを殺しても)みんなタリバンがやったと思うしな」と言っていました。アジア人の顔をしているというのは気にもされません。彼らはアメリカ人対イスラム教徒というカテゴリー分けしかしない。

─解放されたときに鈴木宗男さんがいたのは偶然ですか。

常岡 偶然です。たまたま衆議院の議員団が中央アジア歴訪を行っていて、最後の行き先カブールでカルザイ大統領を表敬訪問する予定だったんですね。カルザイ大統領には「日本人ジャーナリストの解放をお願いします」と言うつもりだったけど、言う前に、「有り難うございます」と言うことになったよと、みなさんおっしゃっていました。

─今回の被害は?

常岡 カメラはキヤノンEOSの動画も撮れる新機種でした。約二一万円。ビデオカメラはPD170といって、約三三万円。モバイル携帯約五万円が二台。カメラと携帯に挿入していたメモリーカードがそれぞれ一万数千円。免許証、パスポート。(自宅近くの回転寿司)小樽寿司のカードを取られたのも腹が立ちます、まだ何千円分か寿司券が残っていたのに。総額で七〇万円ぐらいですかね。とても悔しいです。

ツイッター書き込みの経緯

─解放直前に英語でツイッターにつぶやいた経緯は?

常岡 書き込んだのは解放の前日(九月三日)です。八月末、僕を拘束していたワジドという司令官が、「ノキアのN70という携帯を手に入れたぞ」と僕のところに持ってきました。そして、「どうやって使うんだ」と、一日中、僕に張り付いて聞いてきたんですね。
 僕が使い方を説明すると、他の人が持っている多機能携帯電話のようにビデオやアナログテレビを見たり、ラジオを聴いたりできないことが不満だったのでしょう。「で、結局どこがすごいんだ」と聞いてくる。それで「これはインターネットマシンだ」と言いました。彼はインターネットという言葉は知っていても、見たことも触ったこともない。「ぜひ使わせろ」と言う。それから二日かけて、カスタマーサービスに電話して、セッティングもして、モバイルインターネットが使えるようにしました。
 そして司令官にツイッターを説明しました。「おれがここに書き込むと、何百人もの人が一度にこれを読めるんだ」と。すると、「じゃあ書き込んでみろ」と言われたので書き込むことができたんですね。一応、彼らに読めないように英語で書き込みをしましたが、とにかく「ラティーフ」という名前を全世界に公表したかったので、それが達成できて嬉しかったです。

タリバンは
極悪集団なのか?

─実際にタリバンに拘束されていたら、どういった扱いをされていたと思いますか。

常岡 タリバンが攻撃的なのは間違いありませんが、タリバンには彼らなりのルールがあるんです。僕を捕まえたのは、イスラム法も守らない無法集団でしたが、タリバンに捕まっていたとしたら、殺されるような心配はしなかったと思います。
 昔のタリバンは一種の革命思想を持っていました。「タリバン式のイスラム革命を実現するために、同じ国の中にいるイスラム教徒の別勢力とも戦う」と。イスラム教徒はイスラム教徒を相手に戦ってはいけないという大原則があるのですが、タリバンの主張では、我々の相手はムナーフィク(アラビア語で背教者、偽信者の意味。イスラム法ではそういう人たちは戦いの相手になる)だから、我々の戦いは正しいということになる。逆に言うと、自分と敵対する人たちを背教者であると認定することが、当時のタリバンにとっては、すごく重要なことでした。南部は軍閥が腐敗して、政治的背景のない単なる強盗や殺人、女性への暴行が横行していたんです。タリバンはそれを完全に一掃したので、南部では昔からヒーローでした。北部では「平和だったのに戦争を持ち込んで、しかも彼ら独特の風習を押しつける」というので、すごく評判が悪かったですが。
 今はアメリカが攻め込んできているので、タリバンの姿勢はさらにシンプルになっています。「アメリカはあきらかに異教徒の侵略者。ビンラディンをお客さん扱いして家に置いていたというだけで、攻撃してくる。自分たちはまったく悪いことをしていないのにいきなり一方的に侵略された」。タリバンはこのような認識を持っています。
 そして、「異教徒の侵略者アメリカ」と戦うというので、今までタリバン支持ではなかった人たちまで、タリバンを英雄視しています。だから今のタリバンは今までと比べものにならないぐらいに強くなっている。以前は、全国でも二万人ぐらいしかいなかったのが、今はイマーム・サヒーブの町だけで二〇〇〇人。クンドゥズ全体だとたぶん一万人近くいる。今までタリバンがいなかったといわれるバダフシャンや、マスードの拠点だったタハールも、タリバンの拠点のようになっています。たぶんアメリカはタリバンに勝つことはできないでしょう。
 問題はアメリカが出ていった後です。軍事力で言えば、政府軍が圧倒的です。ただ、民衆の支持で言えば、タリバンが圧倒的です。おそらくアメリカがいなくなると戦いはひどくなる。タリバンが勝つでしょうけども、勝つまでに大量の血が流れるかもしれない。
 もうひとつはタリバンが勝った後です。タリバンの自己改革がどこまでうまくいくか。一〇年前、タリバン政権は世界から完全に孤立していました。世界中の国がマスード派の「アフガニスタン・イスラム国」を承認、支援していた。タリバンのほうはパキスタンとサウジアラビアとアラブ首長国連邦しか仲間がいなかった。今度も同じ轍を踏まないか。アフガニスタンが安定した国になるのか。あるいは結局世界から孤立して失敗国家のまま、別な戦争でも起こすのか。分からないですけどね。それが今、タリバンが抱えている課題だと思います。

─タリバンは、一般の日本人からすると極悪集団と思われていますね。

常岡 でも世界から見れば、日本が一番の親タリバン国家です。日本政府は、タリバンも承認しないけど、アフガニスタン・イスラム国も承認しなかった。ずっと承認する政府がない状態のままだったんですね。そんな中で、岡山市の医療支援団体AMDAが、ドクトル・アブドゥッラーとタリバンの保健大臣を招待し、両者の直接会談、和平交渉を実現しようと努力したりしていた。外務省もバックアップしていました。つまり、世界で唯一、日本はタリバンと北部同盟の和平を推進していた。去年も選挙で落選した犬塚直史議員(民主党)が単身アフガニスタンに入って、タリバン幹部のムタワキル氏と四回もアフガニスタンの和平について直接会談したりしているんです。それで『ニューズウィーク』誌などは、「世界で唯一本気で和平を試みている国がある、ニッポンだ」という記事を書いている。でも日本のメディアはそういうことを全然書かないですね。

─なぜでしょうか。

常岡 取材してないから情報を持っていないんでしょうね。取材が面倒くさい、金がかかる、危険だ、という問題でしょうね。政府のほうがしっかりやっていても、そのしっかりやっている政府を誰も褒めない。日本のメディアは、面白いことをやって注目を集めて金を稼ごうというよりも、すでに注目を集めていることを追いかけようという方向。完全に後手になっていると思います。

カルザイ政権は
機能していない

─カルザイ政権は機能しているのでしょうか。どのくらい腐敗が進んでいるのでしょうか。

常岡 僕は、政府の支配地域ばかり取材していました。今はほとんどがタリバンの支配下にありますから、アフガニスタン全土の一〜二割しか残ってないような地域です。その中では、泥棒が出て警察を呼んでも来てくれない。来ても捕まえてくれない。でも賄賂を払ったら働いてくれる。警察官が、普通の民家に銃を持って寝ていたりするんですよ。その家の人が護衛として警察を雇っている。日本では考えられないことですよね。給料が安いからか、ガードマンのアルバイトをしているんです。それが許されるということは、悪いことをしていても、大勢の警察をガードマンにしてしまえば、絶対に捕まらないということです。
 今回の拘束事件について言えば、カルザイの命令を受けて犯罪活動をしているグループがあるというわけではないようです。むしろ本来はカルザイに従って働かなければならない人たちも、カルザイの言うことをまったく聞かないし、気にもしない。カルザイは昔から「カブール市長」と揶揄されていましたが、現在は、カブールも抑え切れてない。そういう意味では、完全な機能不全に陥っていると思います。
 もっともカルザイ政権は、世界中に「タリバンに拘束されていた日本人が解放された」と発表している。つまりビンラディンをかばっているタリバンと同じことをしているわけです。そういう意味ではカルザイは完全に共犯だと思います。本来なら、日本は空爆しないといけない。(笑)

─アフガニスタン問題は解決するでしょうか。

常岡 むずかしいでしょうね。九・一一の直後は、ビンラディンを狙うという意味でアフガニスタン東部のトラボラを攻撃するのは意味があったと思います。でもトラボラ攻撃の後、アルカイダの主力はパキスタンに移ったようですから、今タリバンを攻撃してもアメリカの国益に結びつかないと思うんです。アルカイダに対する攻撃はほとんどできていない。延々とタリバンと戦争をやって、しかも敗けている。「戦争の目的がおかしくなっている」という状況を客観的に見ることができるアメリカ人にとっては、「タリバンとは和平交渉をするべきだ」という話になる。それが去年の時点の状況でした。
 でも今年の二月に秘密裏に和平交渉を推進していたタリバンのナンバー2であるバラーダル氏が拘束されて、また話がこじれてしまった。

─アメリカはどうやって問題を解決しようとしているんですか。

常岡 とにかく今はタリバンの力を削いでカルザイ政権が自立できるようにしてから撤退。後はカルザイ政権に頑張ってもらって......というような、まったく現実的でないことを信じて頑張っている。アフガニスタン問題の解決はまだまだ時間がかかると思います。

(了)

〔『中央公論』2010年11月号より〕

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