私だけが「北の後継者」を見誤らなかった理由
正男氏の発言に驚愕
─長男の正男氏は、北京でテレビ局のインタビューに答えて、「世襲に反対」と発言しました。
藤本 私は、かりに正恩氏が後継者となっても、兄たちは粛清されないだろうといってきました。そして、正男氏は、これまでのように北朝鮮のスポークスマンに徹すればいいと本にも書きました。しかし今回正男氏は、「北韓」という言葉を使い、「三代世襲に反対」と発言しました。これには心底驚きました。
北朝鮮の人間なら、自国のことは「共和国」と呼ばないといけない。「北韓」は、将軍がもっとも嫌う言葉なのです。同様に日本語の「北朝鮮」も嫌っています。
さらに、「三代世襲に反対」といってしまっては、いくら父親である金正日将軍がかばおうとしても、まわりが黙っていないだろうと思います。
あそこまでの発言は、腹をくくらないと出てこないから、うっかり失言したわけではないでしょう。彼なりの狙いがあるのかもしれませんが、私は命取りになると思います。
─一方、正哲氏の動静は伝わってきません。
藤本 正哲大将についても、自分で派閥を作って、正恩大将を攻撃するような人ではないから国外追放する必要はないと書きました。しかし今回の記念写真にはオギ同志(金総書記の第一秘書)やヨジョン姫(金総書記と高英姫夫人とのあいだの長女)は写っているのに、正哲大将が写っていない。これは非常に気がかりです。弟の晴れ舞台に登場しないというのは、国外に追放されている可能性もありますから。
後見人について
─金正日総書記の妹の金敬姫が大将に任命されました。藤本さんが直接知る金敬姫はどんな人物でしたか。
藤本 パーティでもよく見かけました。ただ、何か話をしているというより、将軍にお金が欲しいとねだっている印象のほうが強かったですね。酒が好きで、涙もろくて、九四年に父親の金日成が亡くなってから、それはさらに激しくなりました。
金敬姫が大将になったのは、これは軍への威嚇という意味合いでしょう。また、彼女の夫、張成沢も序列は高くありませんが、明らかに正恩大将の「後見人」としての地位を確立しました。それは、いったん失脚した彼の右腕、崔竜海が復活したことからも明らかです。私がいたころから張成沢は、将軍の信頼が厚く、多岐にわたる仕事をこなしていました。今回も、どうしても必要だからと将軍を説得して、崔竜海を呼び戻させたのは間違いありません。
正恩大将は序列五位あるいは六位といわれています。もちろん、それは後継者への階段をのぼっている途中だからです。近いうちに正式な後継者発表があり、将軍の横に座る、つまり名実共にナンバー2になると思います。それは早ければ、来年の一月八日(正恩の誕生日)かもしれません。
身の危険と北朝鮮の今後
─藤本さん自身は、北朝鮮での出来事を本に書いたり、メディアで発言したりして、身の危険は感じませんか。
藤本 最近になってようやく新幹線に乗るときでも、監視されることはなくなりました。私の言動は、朝鮮総連、日本の公安、両方から関心を持たれていますから、最初の本を出版したときは、いろいろな出来事がありました。ただ、この件はくわしく話すと、北朝鮮にいる家族の身に影響が及ぶので、正直あまり触れたくない話題ですね。
私の願いはただ一つ、いずれ日朝の国交が正常化したあとで、堂々と家族に会いにいくことです。私の知っている正恩大将は、海外で見聞を広げ、若いにもかかわらず一般の人民のことを気にかけていました。だから、北朝鮮が国際社会に受け入れられる国になるよう、舵取りをしてくれる可能性は大いにあると思っています。
(了)
〔『中央公論』2010年12月号より〕