草食化する中国の若者たち

原田曜平(博報堂若者生活研究室アナリスト)

処世術3:消費の階段から下りる

 今、中国では「#蝦#えび#族」という言葉が注目を浴びている。

 彼らは、金融危機以降、収入の落ち込みと不動産の高騰を背景に中国都市部に出現した、消費しない若者たちで、彼らの合言葉は「節約してる?」である。

 これは、肯徳基(ケンタッキーフライドチキン)のエビバーガーが由来とされ、小さい住まいに蟄居する姿を、パンにぎっしり詰まった七匹の小さいエビに喩えたものだ。

 前述したように、物価の上昇に比べ給料が上がらない、不動産なんて買えるはずもない。そんな状況が、大都市部の80后に、これまで目指してきた高級高層マンションを買い、外車を買う......そんな志向を脱ぎ捨て、節約を美徳として工夫し、割安の商品を買い求めるといった価値観の転換を引き起こした。

 たとえば、彼らは毎日の消費を一五元に抑え、これを超えたら翌日は一切消費しないなどといった生活を送る。レジャーでも極力コストを抑え、車は買わず、週末に小型バスを借り、ネット上で人数を集め、皆で郊外にキャンプに行ったり、バーベキューをやったり、農家に宿泊したりする(運転手付きのバスを借りるのも、キャンプグッズやバーベキューの道具を買うのも、農家に泊まるのも、中国では大変安くあげられる)。

 こうした状況を受けて、『申江服務導報』は、「2010年版のサラリーマン生活」というタイトルで、「賃貸に住もう」「転職は控えよう」「自転車で出勤しよう」「(不動産価格が急騰する)上海からは脱出しよう」などという特集を組んだ。

 サービスサイドもこの80后の新潮流を見逃していない。たとえば、方正科技は小さい部屋に住む蝦族に向けて、省スペースで置けるパソコン(方正心逸Q200)を発売した。IKEAはショールームに小型リビングを設置し、割安な家具をそこに配置するなどの陳列にした。

 余談となるが、省エネや省スペースは日本のお家芸である。日本企業には、ぜひとも80后のこうした現状をリアルに理解していただき、80后の悩みを解決するライフスタイル提案を、日本の商品やサービスによって行う意識を強く持っていただきたいと思う。

憂鬱な状況に置かれ、超現実志向へ

 以上見てきたように、80后の多くは、大きな夢を見ること、そしてそれが叶わずに苦しむことを捨てるために、いろいろな手法を開発して生きるという、ある意味での超現実志向へと向かっているのだ。

 上に挙げた処世術以外にも、たとえば就職できなかった80后、あるいは、賃金が上がらない80后が会社に見切りをつけ、中国のショッピングサイト「taobao」(日本で言えば楽天のようなサイト)内に個人商店を立ち上げ、一人でビジネスを始めることも多い。起業をするというのは数年前からあった現象ではあるが、最近の傾向としては、がつがつ稼ぐというよりも、組織に頼らず期待せず、一人で気楽に身の丈に合った稼ぎ方をしたい、という80后が増えてきている。

 日本では、一九九〇年代以降のいわゆる「失われた二〇年」から脱却できない慢性化した経済停滞の中、突如として降りかかってきた金融危機の影響もあり、二〇一〇年の大学生の就職内定率は過去最低の六八・八%を記録した。彼らは第二次就職氷河期世代、第二ロスジェネ世代と呼ばれるわけだが、日本の第二ロスジェネと比べるとはるかに複雑な事情によって、経済発展を続ける中国のロスジェネ世代・80后も大変憂鬱な状況に置かれている。

 戦後の日本では、「一億総中流」の掛け声の下、隣近所に追いつけ追い越せの意識で、世界でもっともボリュームのある中流層が育った。中国でも、日本ほどにはならないであろうものの、改革開放の申し子である80后が、今後増加する中流層の中心的プレーヤーになるであろうと言われてきた。

 しかし、80后の実像は違う。彼らは、急激に押し寄せてきたグローバル化やIT化の影響もあり、中流感や上昇感を感じることを夢見るゲームから意図的に下りるか、あるいは下りざるを得ない状況にある。自分なりの幸福を選択しようと必死でもがき始めているのだ。こう考えると、日本などのアジアの先行地域とは違い、中国は実はまったく違う経済発展の道のりを辿っていると言えるかもしれない。

(了)

〔『中央公論』2011年3月号より〕

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