完全解体か連邦国家化か 欧州危機は終わらない

松原隆一郎(東京大学大学院総合文化研究科教授)×吉崎達彦(双日総合研究所副所長・チーフエコノミスト)×遠藤乾(北海道大学公共政策大学院教授)

ギリシャは学習した

松原 六月十七日に行われた注目のギリシャ再選挙では、新民主主義党(ND)など「財政緊縮派」が、五月総選挙の雪辱を果たしました。あらためて、戦争とか革命とかではなく、選挙によってヨーロッパの政治や経済の大きな仕組みが変わっていくという現実を見せつけられました。目の前に起こっているのは、少し前なら戦争になっているような事態ですからね。そう考えると、欧州がEUをつくった意味は小さくなかったとは思います。
 ただ同時に、通貨統合という経済的に未知のルールが導入され、うまくいっているうちはよかったのですが、今回、その綻びが露呈してしまった。よくよく考えてみると奇妙この上ないユーロという通貨が、今まさにその真価を問われているのだと思います。

吉崎 再選挙の帰趨がほとんど読めなかったこともあって、我々の周囲で半分冗談、半分大まじめで語られていたのが、折しも開催されていたサッカー欧州選手権の結果次第なのではないのかという予測。投票日前日のロシア戦にギリシャが負ければ急進左派連合(SYRIZA)で、勝てば元気が出るから緊縮策を受け入れるのでは、と(笑)。試合はギリシャが勝って、選挙は中道派が三ポイント差で勝利した。選挙が決めるとおっしゃいましたが、もしかすると我々はサッカーのおかげで小さな平安を得たのかもしれません。
 欧州の危機は急に起こったように思われますが、経済データを見ると信じられないことがいっぱい起こっているんですね。例えばドイツの経常黒字は、GDP比で五%。日本に当てはめれば二五兆円もの黒字です。もし日本がそんなことになったら、ものすごい円高に見舞われるでしょう。ところが統一通貨ユーロを採用しているおかげで、ドイツの輸出競争力はいささかも衰えない。そればかりか、為替リスクゼロで域内にどんどんモノが売れるわけです。そうかと思えば、ドイツの失業率が六%台なのに対して、スペインは二四%。失業率に四倍の開きのある国が、同じ通貨を戴いているんですね。
 二〇〇二年に統一通貨が導入されて一〇年間、ユーロが注目されることはあまりなかったのですが、実は、そこで行われていたのは、かなり異常な営みだった。今挙げたような数字は、その証左ではないかと思います。

遠藤 再選挙の結果を受けて、新聞には「ギリシャ、ユーロ圏残留」と見出しが打たれました。でも金融の世界では、徐々に「切り離す」ようなサインも見え隠れしています。ユーロ圏諸国が最初にギリシャを援助したとき、フィンランド一国がギリシャに担保の差し入れを要求しました。二度目のときには、救済の合意自体の法的基礎をギリシャからロンドンに移し、英国法のもとで文書を作成した。債権者を守りやすくするためです。さらに今回の総選挙前には、ECB(欧州中央銀行)がギリシャに対し、融資の際に通常のリファイナンスのメカニズムから緊急流動性支援(ELA)に切り替える措置を取りました。最終的な責任はギリシャ政府が負え、ということです。こうやって、少しずつ"再ナショナル化"の動きが起きているのは事実ですね。

〔『中央公論』2012年8月号より〕

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