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和製サッチャーは永田町に登場するか

時評2013
村田晃嗣

「鉄の女」ことイギリスのマーガレット・サッチャー元首相が、四月八日に八十七歳で死去した。世界各国の指導者たちから哀悼の意が表明され、四月十七日にはセントポール大聖堂でエリザベス女王ご夫妻も参列して、準国葬が営まれた。首相経験者の葬儀に女王が列席するのは、一九六五年に亡くなったウィンストン・チャーチルの国葬以来四八年ぶりのことという。サッチャーの準国葬には、約一五億円の国費が投じられた。彼女が首相在任中に労働者や移民など経済的・社会的弱者に冷淡であったこともあり、「国費の無駄遣いだ」「サッチャーはチャーチルではない」「悪い魔女が死んだ」など批判の声もあがった。

 確かに、サッチャーはチャーチルではない。フォークランド紛争を別にすれば、彼女はあくまでも平時の指導者であった。「世界を変えたと主張できる平時の政治家は、あくまでも一握りである」と、イギリスの高級週刊誌『エコノミスト』は論評している。「ウィンストン・チャーチルは戦争に勝ったが、イズムを生むことは決してなかった」。自由主義に基づく規制緩和や民営化といったサッチャーの諸政策は、しばしばはげしい賛否両論を伴いながら、サッチャリズムと呼ばれる。

 チャーチルとサッチャーには、あと二つ重要な相違点がある。チャーチルは名門貴族の家庭に生まれ、大蔵大臣を父に持っていた。だが、サッチャーは地方の雑貨商の娘であり、階級と女性というハンデを乗り越えて首相の座を獲得した。さらに、チャーチルは後継者の育成に失敗した。彼の後任アンソニー・イーデンはあまりに遅く首相になり、短命内閣で終わった。

 他方、サッチャーは逞しい後継者を育てた。ただし、それは保守党内ではなく、野党・労働党においてである。トニー・ブレアは労働党がサッチャーに敗れ続けた経験から、「ニュー・レイバー」を提唱したのである。サッチャー自身、自らの最大の業績を問われて、「ブレア」と答えている。

 もとより、チャーチルとサッチャーには多くの共通点がある。二人とも信念と行動の人であった。首相退任後にサッチャーが来日した際、あるテレビ番組で日本の長老政治家と同席した。今後の国際情勢がテーマだったと思うが、「さて、どうなりますかね」と評論家然とした日本の政治家に対して、サッチャーが苛立ちを露わに「政治家にとって、どうなるかは問題ではありません。どうするかが問題なのです」と喝破した様子を、筆者は鮮明に記憶している。

 また、チャーチルもサッチャーもアメリカとの同盟関係を最重視し、そして、それ故に成功した。チャーチルの相手はフランクリン・ローズヴェルトであり、サッチャーのそれはロナルド・レーガンであった。後者の場合は「政治的結婚」とまで呼ばれた。彼らの米英同盟重視の姿勢には、自国の国力低下への冷徹な判断があったのである。
さて、「鉄の女」が逝ってほどなく、四月十三日にはもう一人の女性政治家、ミャンマーのアウンサンスーチーが二七年ぶりに来日した。ミャンマー(ビルマ)はイギリスのかつての植民地である。サッチャーが祖国の国権のために戦ってきたとすれば、アウンサンスーチーは祖国の人権のために戦ってきた。そのため、前者は権力行使を辞さなかったが、後者は非暴力を武器に権力と対峙してきた。アウンサンスーチーは「ビルマ建国の父」アウンサン将軍を父に持っているから、政治への道はサッチャーの場合よりも必然性が高いのかもしれない。

 だが、両者はともに政治とは関係のない夫に支えられ、その夫に先立たれて深い悲しみを味わった。また、サッチャーは『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』で、アウンサンスーチーは『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』で、その人生を映画化されている。

 ここまで来ると、もう一人の女性政治家の動向が気になってくる。ヒラリー・クリントン前国務長官である。はたして、彼女は二〇一六年の大統領選挙に出馬するのか。「大統領選挙はセックスのようなものだ」「一度やればやめられない」と、あるコラムニストは論じている。

 日本の首相と韓国の大統領の共通点は世襲政治家という点だが、後者は女性である。日本から国際的に注目される女性政治家が登場するのはいつの日か? それは日本の政界だけではなく、日本社会の変化を体現したものになるであろう。
(了)

〔『中央公論』2013年6月号より〕