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日中韓歴史教科書、なぜこんなにもすれ違う

川島真(東京大学准教授)×木村幹(神戸大学教授)×渡辺靖(慶應義塾大学教授)

橋下発言が表すもの

木村 ここ数年の日中、日韓の領土問題や、つい先日の橋下大阪市長の「従軍慰安婦」発言に始まる騒動など、今また歴史認識という問題が注目を集めつつあるようです。歴史認識問題は、いい悪いを別にして、歴史教科書の問題とセットで語られることが多いのですが、私が最近思うのは、日本社会も変わったな、ということです。北東アジアの教科書問題が本格的に議論されるようになったのは一九八二年からですが、中国や韓国に比べて、当時の日本では、今ほど熱くこの問題について語られることは少なかった。でも今は、政治家をはじめとするいろいろな人が積極的に「中国の歴史認識が正しくない」「韓国が正しくない」と語る。

川島 この三〇年で東アジアの人の交流が盛んになり、経済関係も密になったことも、この問題を身近にしました。
 ただ、この一年、あるいはこの数ヵ月で見ると、明らかにフェーズが変わっています。慰安婦問題については、アメリカが強くものを言うようになっていた上に、日本が追求しているはずの人権という普遍的価値に、慰安婦問題が抵触するものとして、歴史認識問題が位置づけられるようになりました。

渡辺 橋下発言を聞いて私がすぐに思ったのは、たとえば「アメリカにとって奴隷制が必要であった」という発言をオバマ大統領は耳にしたら、彼がどう思うか、ということです。人間としての基本的な品位や配慮に欠ける点で、同レベルだと思う。川島さんがおっしゃったように、日本は人権の面で不安が残るという印象を強めてしまったと思います。
 安倍政権が誕生することがほぼ確実視されていた昨年八月、「第三次アーミテージ・ナイレポート」が出されました。そこにすでに「日本は歴史を直視するように」という表現がありました。アメリカの、それも知日派と言われている人の中にそういう認識が共有されている。日本からすれば、さまざまな異論がありえますが、歴史認識問題は日米同盟の足かせになりかねない。
 アーミテージとナイは日米のさまざまな会議で「くれぐれも挑発に乗って過剰反応しないでくれ」と発言しています。少し悪い言い方ですが、中国や韓国は日本の一部の政治家から過激な言葉を引き出そうとします。今回、威勢のよい言動によってまさに相手の術中にはまってしまった格好です。

木村 橋下発言も本来は国内向け、それも主として大阪向けの発言だったと思うのですが、今はインターネットなどを通じて、政治家の発言が直接世界に伝わります。結果、予想もしていなかった海外からのリアクションに直面する。同時に、今の日本にはグローバルパワーであることを諦めつつある一面もあり、「もう我慢しなくてもいいじゃないか」という雰囲気が余計に危なっかしい。アメリカにも中国にも「ノー」と言うのが格好いい、だから言ってみる、みたいな感じですね。

〔『中央公論』2013年7月号より〕