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北朝鮮に連れ戻される脱北者たち

脅迫、拉致、不適応……
裴淵弘(ジャーナリスト)

「ラオスの脱北者の中に日本人拉致被害者がいた」という報道

 中国雲南省のシーサンパンナ・タイ族自治州と国境を接するラオス北部のウドムサイ県で、五月十日、女性二人を含む十五歳から二十三歳の九人の北朝鮮脱出住民(脱北者)が不法入国の容疑で拘束された。北朝鮮で「コッチェビ」と呼ばれる浮浪児となり、中国で物乞いをしながら生き延びてきた九人の若者は、在米韓国人宣教師夫妻に救われ、約一〇日かけて大陸を縦断。ラオス国境を越え、首都ビエンチャンにある米国か韓国の大使館に逃げ込む予定だった。拘束されたとはいえ、中国さえ脱出できれば計画は成功したに等しく、誰もが将来に胸を膨らませていた。

 ところが、ビエンチャンの移民局に身柄を移送されてから状況が一変する。韓国大使館関係者が一度も面会できないなか、朝鮮語を話す二人の男が移民局に現れ、九人の顔写真を撮り、堂々と取り調べを始めた。男はこんな質問までしている。

「最近は南に行った脱北者も、生きていくのが辛くて北に戻っていくというのに、おまえらはなぜ韓国に行こうとするのか」

 九人が航空便で国外追放されるのは、その一週間後の五月二十七日午後。北朝鮮の秘密警察、国家安全保衛部の東南アジア総責任者として知られる人物に付き添われた一行は、雲南省の昆明空港で一夜を明かし、北京空港で高麗航空に乗り換えると、そのまま平壌に連れ去られた。ラオスでの拘束から北京空港を飛び立つまでの一八日間、韓国政府はなす術もなく事態を傍観するしかなかった。

 九人の強制送還が明らかになると、韓国メディアは救出を怠った韓国政府の姿勢を糾
弾し始めるのだが、大手紙の『東亜日報』が五月三十日付一面で、九人の中に「日本人拉致被害者の息子がいた」と報じたため、事件の波紋は日本にまで広がることになる。同紙は外交消息筋の話として、その人物が「一九七〇年代に失踪して、二〇〇六年に日本政府が拉致被害者として認定した日本人女性(当時二十九歳)の息子である可能性がある」と、かなり具体的に報じていた。一九七七年に消息を絶った鳥取県米子市出身の松本京子さんを指しているとしか思われないのだが、どこか辻褄が合わない。

 日本政府が認定した拉致事案は一二件一七人。北朝鮮は二〇〇二年の日朝首脳会談の際、このうち一三人に対する犯行を認め、五人を帰国させているが、残る一二人は「八人死亡、四人は入境せず」と主張し続け、松本京子さんの存在も否定している。日朝間の最大の懸案となっている一二人の拉致被害者は徹底的な管理下にあるはずであり、その息子が浮浪児になって中朝国境地帯をさ迷う姿は想像しにくい。このため『東亜日報』のスクープには疑問符が打たれ、拉致被害者ではなく、一九五九年から始まった「帰還事業」で北朝鮮に渡った日本人妻の息子ではないかと語られだした。しかし、九人の脱出に関わった宣教師たちの証言からは、拉致被害者だけでなく日本人妻の情報も一切出てこなかった。

〔『中央公論』20138月号より〕