ネパールから見た中国の「周辺外交」

時評2014
川島 真(中国外交史研究者)

 このところ、中国の「周辺」から中国を見るというプロジェクトを進めている。中国の強硬外交の象徴とされる周辺外交は、往々にして中国自身の宣伝に近い言葉だったり、あるいはそれを警戒する日本語や英語のメディアの言葉だったりする。それを、中国の周辺に身を置いて見直そうということである。

 その一環として、今春、中国と国境を接するネパールへ行った。カトマンズの中国大使館、ネパール政府の諸部門、メディアの関係者からインタビューを取り、また車で半日かけて行ったチベット国境で、ネパール側の国境管理関係者から話を聞くことができた。この調査を通じて以下のような印象をもった。

 第一に、東南アジア、とりわけ大陸部東南アジア諸国から中国を見る場合と異なり、中国のネパールへの影響は相当に限定的であるし、中国の対ネパール政策も相対的に慎重で、控えめなようだ。この背景には、ネパールは基本的にインドの影響が強く、中国が食い込むには限界があること、チベット問題に関連してチベットと境界を接するネパールとの関係を悪化させられないこと、ヒマラヤ山脈という地理的な障害があること、などがあろう。だが、だからといって中国の影響がないわけでなく、インドからの影響を嫌う勢力は中国への接近を謀るであろう。二〇〇一年に王宮で暗殺されたというビレンドラ国王も対中関係を強化していたし、ネパール経済界もカトマンズから直行便のある広州や上海などとの取引を重視している。しかし、目下のところ、中国の影響力は限定的だし、現地ではむしろ日本との関係強化を望む声を多く聞いた。日本のODAで作った信号のある道路は現地でも賞賛され、周辺の地価が上がるほどだという。

 第二に、中国―ネパール関係ではやはりチベットが敏感な問題だ。国境地帯では、中国・ネパールの国境管理機関の間での往来、協議は定期的に行われている。中国領内のチベット人一般にパスポートは発行されておらず、チベット人が国境を越えてネパール領内で貿易を行うのではなく、許可を得たネパール人が国境を越えて中国領で貿易している。国境が緊張しているわけではないが、チベット国境管理が両国関係のデリケートな一面を表していることは理解できる。

 カトマンズにあるチベット人の難民キャンプなども訪問したが、チベット難民の置かれている状況は、国連やNGOなどの支援にもかかわらず、出国時期などにより、多様な問題がある。たとえば、カトマンズのチベット難民の一部は、パスポートが発行されないために、事実上無国籍となり、出国できない。

 新たな側面も見られる。まず、青海省からラサに敷かれた青蔵鉄道は最終的にカトマンズまで延長される予定である。この鉄道は両国関係の動脈になろうが、これは中国人民解放軍が国境地帯に容易に展開できることをも意味しており、ネパール、あるいはインドとしては経済効果への期待だけでは済まない面がある。

 筆者がカトマンズを訪問する直前、雲南省長の李紀恒が二〇一四年六月に昆明で開催予定の「中国―南アジア博覧会」にネパールを招くために来訪していたことなども新たな動きである。中国の広西チュワン族自治区の南寧で毎年九月に開催される「中国―ASEAN博覧会」に対抗して、雲南省がこのような動きをしている点は注目に値する。中国の国境線に近い諸省・自治区は、まさに中国の「周辺外交」のアクターである。この点、中国―東南アジア関係と類似している。

 中国の周辺外交については、対象に応じて異なる面もあるが、共通点もあろう。また相手国の反応もさまざまだ。日本としても、在外公館等を通じて、それらの情勢を適切に把握する必要があると筆者は考える。
(了)

〔『中央公論』2014年8月号より〕

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