野嶋 剛 台湾人は中国に徹底抗戦するのか
「今日のウクライナは明日の台湾」
ただ、中国軍機の接近ではあまり動じない台湾の世論が、ロシアによるウクライナ侵攻には激しくざわついたのは確かである。
なぜなら、ロシアを中国に、プーチン大統領を習近平国家主席に置き換えることで、ウクライナと台湾は、どうしても同じ運命に置かれているように思えてしまうからである。ロシアがやってのけたことは、中国が常日頃唱えていることと何ら変わりがない、ということを台湾人は本能的に察知したのだ。
中国とロシアが使っているロジックの共通点は「歴史的、民族的に我々は一つである」というところである。その論理は、あくまでも彼らだけが信じる「ドグマ」であり、他者が受け入れるかどうかは別問題である。ところが今回、国連の安全保障理事会常任理事国でもあるロシアが、その論理を振りかざし、軍事行動を起こすことが、この21世紀の世に実際に起きうることが分かった。
だからこそ「今日のウクライナは明日の台湾」というフレーズが、ウクライナ侵攻後、台湾社会に一気に拡散したのである。
英誌『エコノミスト』は今年5月に、「台湾人はアジアのほかのどの国よりもウクライナ情勢に敏感に反応した。それは強国という魔物が小国を呑み込もうとしたことに、台湾人の心はざわついているからだ」と論じた。「どうやったら軍事訓練を受けられるのか」といった問い合わせが政府機関などに相次いだ。台湾人たちのFacebookのプロフィール画像はウクライナカラーに切り替わり、街のいたるところでウクライナ国旗が掲げられ、巨額の義援金が一気に集まった。台湾の人々は、ウクライナの境遇に自分たちの未来を重ね、共感を高めたと言える。
「今日のウクライナは明日の台湾」は、前向きにも後ろ向きにも取れる言葉だ。当初、民進党の蔡英文(さいえいぶん)政権は、「台湾はウクライナのようにはならない」と繰り返した。
ところがウクライナの予想外の善戦が目立ち、米国を含めた自由主義陣営の結束の機運が高まると、「今日のウクライナは明日の台湾」は台湾にとって前向きな意味を持つようになった。ウクライナのように世界を味方につけられれば、台湾も十分に中国に対抗できるかもしれない。ロシアと中国を同一視する論調が広がるほど、中国と対立する蔡英文政権の正統性は高まる。