トランプ政権の「アメリカ第一主義」はなぜ誤りなのか

(『中央公論』2025年5月号より抜粋)
(前半略)
トランプ政権の対外政策の基本は、「アメリカ第一主義」です。第2次大戦後、貿易、金融、外交、安全保障などあらゆる国際関係において、アメリカは「覇権国」であることによって、自由民主主義陣営全体の利益を考慮する政策を行ってきた。だが、それは産業の空洞化、ドルの過剰供給、過大な対外援助、過剰な軍事費など、多大な犠牲を伴い、アメリカの国力を消耗させてしまった。だからいま、アメリカは「覇権国」であることを放棄し、自国の利益を追求していくという立場の表明です。
これは大いなる誤謬です。
なぜならば、アメリカは「覇権」国ではなく、「基軸」国であるからです。「覇権」国とは、自らの経済力や軍事力によって、多くの国を直接支配していく国のことです。かつてのローマ帝国や大英帝国は、まさにその意味での覇権国といえます。
では、アメリカが「基軸」国であるとは、どういう意味でしょうか?それは国際関係において、アメリカがネットワークのハブとなっていることです。すなわち、自分以外の国同士を、自分を「媒介」として結びつける役割を果たしているのです。
たとえばドルは、世界の基軸貨幣です。ただそれは、世界中の人がアメリカと取引するためにドルを大量に保有しているという意味ではありません。ドルが基軸貨幣であるとは、日本と韓国の貿易やドイツとブラジルとの資本取引が、円でもウォンでもユーロでもレアルでもなく、ドルで決済されることなのです。アメリカの貨幣であるドルが、アメリカ以外の国同士の取引において貨幣として使われることなのです。
英語も同じです。英語が基軸言語であるとは、日本人と韓国人、ドイツ人とブラジル人の間の対話が英語で行われているということです。さらに、アメリカは文化や政治や軍事にいたるまで世界の基軸国としての役割を果たしているのです。
もちろん、アメリカが基軸国となるきっかけは、第2次大戦直後のアメリカが圧倒的な支配力を持っていたことによります。当時アメリカは世界の工業製品の半分以上を生産しており、どの国もアメリカと取引するためにドルを欲しがっていました。しかし、じきにアメリカの地位は相対的に落ちはじめ、現在ではアメリカの工業生産が世界のなかで占める割合は2割にすぎません。それでも、世界中の貿易や金融取引の6割はいまだにドルで決済されています。
したがって、いま世界中の人がドルを使うのは、必ずしもアメリカ人と取引したいからではない。それは世界中の人がドルを使うからなのです。そして世界中の人がドルを使うのは、やはり世界中の人がドルを使うからにすぎません。ここに働いているのは「自己循環論法」です。それによって、アメリカの貨幣であるドルが、アメリカ経済の地盤沈下にもかかわらず、世界中で基軸貨幣として流通しているのです。
同様の自己循環論法は言語についても文化についても政治についても軍事についても働いています。それによって、アメリカの貨幣や言語や文化や外交力や軍事抑止力が世界中で「媒介」として使われ、アメリカはその実体的な国力をはるかに超えた影響力を世界に対して持つことができているのです。