背景に親権制度の違い
日本の「連れ去り」が国際的な問題になっていることを私が最初に認識したのは18年、ローマ特派員としてイタリアに駐在していた時のことだった。日本に住むイタリア人男性から「妻に子どもを連れ去られた」と支局に取材依頼のメールが届いた。「きっとDVをして妻子に逃げられたのだろう。よくある話だ」と思い込んでしまった。ところが、イタリア人の取材助手は「連れ去りなんて考えられない!」と憤慨している。もしかすると私の感覚がこちらでは一般的ではないのかもしれない、と心配になって一応調べてみると、この男性と同じような訴えが海外には多いことに気がついた。「これは外交問題に発展するのではないか」と思い、丹念に取材を進めた。
日本国内では当時、この問題をめぐる外国人の訴えや海外からの視点を扱った記事は見当たらず、日本が外国からどのように見られているのかを紹介する必要があると思った。同時に、実際にDV被害に苦しんで子どもを連れて出て行った方々の話も聞き、簡単には解決できない問題だとも感じている。
では、なぜ日本は、海外からこれほどまでに批判の的になっているのか。背景には、親権をめぐる日本の法制度が影響している。
日本の民法は、夫婦関係が破綻して離婚すると、親権者は父母のどちらかにしなければならないという「単独親権制度」を規定している。親権者を父母のどちらにするかを決める際には、子どもの置かれている環境をなるべく変えない方が良いとする「継続性の原則」が適用されることも多い。このため、夫婦の別居後、より長く子どもと暮らしている方に親権が与えられがちだ。こうした法制度や慣習が、子どもの「連れ去り」を助長しているとの意見は根強い。
一方、欧米の主要国の多くは、離婚後も父母双方が親権を持つ「共同親権制度」を採用している。離婚後も両親が子どもを共同で育てる制度だ。このため、片方の親が子どもを連れ去り、もう一方の親との面会を拒むと、犯罪行為とみなされることが多い。
早稲田大学法学学術院の棚村政行教授(家族法)によると、共同親権制度の国では連れ去りには警察が介入し、面会が実施されなければ刑事罰が適用されることもある。対照的に、日本では面会交流が実施されない場合でも、刑事罰は適用されない。制裁金を支払わせて交流を促す制度もあるが、手続きには時間がかかる。
棚村教授は、「欧米では裁判所の関与のもとで離婚するため、裁判所の決定に従わないと強制力が行使される。だが、日本での離婚は夫婦の協議に任されている部分が大きいため、子どもの連れ去りなどで問題が起きても『家庭の問題』として片付けられる。結果として刑事罰を適用しにくい。子どもの問題を父母の話し合いに任せすぎている」と指摘する。
法務省が20年4月に発表した調査では、日本以外に単独親権制度のみを導入している国は、主要20ヵ国・地域(G20)を含む対象24ヵ国中、インド、トルコの2ヵ国だけだった。
明治学院大学社会学部の野沢慎司教授(家族社会学)によると、1980年代以降多くの国が、両親の婚姻関係の有無にかかわらず共同親権を原則とする制度に切り替えた。子どもの権利を保障する国連の「子どもの権利条約」を尊重し、法改正したという。一方、高度経済成長期に性別による分業が進んだ日本では、「子育ての責任は母親ひとりにある」という認識が今でも根強い。その結果、離婚後は「ひとり親家族」として母親が1人で育てるという古い家族観が残っている。「その意味で日本はガラパゴス化している」と野沢教授は強調する。