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五輪延期、新型コロナ 先の見えない安倍首相の闘い

永田町政態学

 国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長との電話会談を終えた三月二十四日夜、安倍首相は高揚感に包まれていた。 「すごくうまくいった。日本としては一〇〇%取れたんじゃないか」


 会談で、首相が東京五輪パラリンピック大会の一年延期を提案すると、バッハ氏は「一〇〇%同意する」と応じ、二〇二一年夏までの開催を確約したからだ。


「パンデミック」となった新型コロナウイルスの感染拡大。状況が深刻化しつつあった二月中旬から、首相はひそかに大会延期の検討を指示していた。首相官邸は「中止になったら、政権は倒れる」というほどの危機感を抱いたが、IOCの同意を得られなければ中止に追い込まれる可能性もある。首相と周辺は慎重に、そして周到に動いた。


 三月十一日に世界保健機関(WHO)がパンデミックを宣言すると、首相は延期の腹を固めた。宣言翌日、トランプ米大統領は「無観客で実施するよりも、一年間延期する方が良い選択肢だ」と発言する。首相は「渡りに船だ。これを使おう」と即断した。翌日にはトランプ氏と電話会談し、「ここだけの話」とことわった上で、一年延期の考えを伝えた。自分のアイデアを採用されたトランプ氏は「一〇〇〇%支持する。日本で開催してくれ」と賛意を示した。


 首相は、英仏首脳とも個別に電話会談を重ね、十六日に先進七か国(G7)首脳とのテレビ会議に臨んだ。首相は感染症を克服した証として大会を「完全な形で開催する」と提案した。中止ではなく、延期を示唆したものだが、提案は支持された。


 首相はIOCとの交渉に備え、聖火に着目した。聖火が日本に上陸してしまえば、既成事実として、五輪の日本開催が担保される。首相は、聖火の到着までは延期の意向を表明しないと決め、対外的には予定通り開催する姿勢を示し続けた。聖火は二十日に到着した。首相は「聖火はもうギリシャには返さない」と周囲に宣言し、大会組織委員会会長の森元首相を通じてバッハ氏との交渉に乗り出した。


 二十四日夜、首相は公邸に森氏と小池東京都知事を呼んで、バッハ氏との電話会談に臨んだ。バッハ氏は会談後に電話でIOCの臨時理事会を開き、日程について決めることを予定していた。バッハ氏が一年延期提案を受け入れる準備は整っていた。


 トランプ氏ら各国首脳と意思統一を図り、思惑通りの一年延期を勝ち取れたのは、七年以上にわたって外交面で手腕を発揮してきた首相の面目躍如と言えるだろう。もっとも、五輪一年延期で、二一年九月末に首相が自民党総裁としての任期を終えることによる「ポスト安倍」の政局の見通しは流動的となった。


 首相の意中の後継候補は自民党の岸田政調会長だという。党内の一部には、首相が今年夏の五輪・パラリンピック大会を花道に退陣し、総裁選を一年早めて岸田氏にバトンタッチするというシナリオが出ていた。一種の「禅譲論」だが、首相が来年の大会終了までは辞められない状況になり、ついえた。


 延期後の日程では、来年七月二十三日から五輪が始まり、パラリンピックが終わるのは九月五日。首相の党総裁任期満了の直前になる。そこまで衆院選がなかった場合、衆院議員の任期満了の十月二十一日も迫ってくる。すると、首相の次を担う党総裁は、事実上の任期満了による衆院選を避けることができない。選挙直前になれば、岸田氏よりも国民的に知名度の高い石破茂元幹事長が浮上してくるとの見方もあり、首相も悩ましいだろう。首相は四月七日、感染拡大を受けて法律に基づく初の「緊急事態宣言」に踏み切った。「日本が戦後、経験したことのない国難」(首相)を迎え、来年の五輪も政権の行方も、感染の収束次第と言えるだろう。長期政権の仕上げを見据え、首相にとっても先の見えない闘いが続く。(有)


(『中央公論』2020年6月号より)