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アジア開発銀行前総裁が語る「台頭する中国と、AIIBの実力」

中尾武彦(前アジア開発銀行総裁、みずほ総合研究所理事長)

 アジア開発銀行(ADB)総裁を今年一月まで約七年務めた中尾武彦さんが、その日々を『アジア経済はどう変わったか』にまとめ、上梓した。アジア経済、そして台頭する中国の行方について聞いた。

コロナ後のアジアはどうなるか?

―新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)が世界で猛威を振るっていますが、このコロナ禍はアジア経済にどのような影響を与えるでしょうか。アジアはコロナの重症化率が低く、経済の持ち直しも世界的には早いのではないかとも言われます。

 私は医療の専門家ではないので、コロナが今後どのように収束していくのかはわかりません。ワクチンや治療薬などの開発・普及にどれくらい時間がかかるかも、経済に影響するでしょう。短期的なダメージはいずれにせよ非常に大きいと思います。今、各所が経済の試算を出していますが、これまでアジアは六%くらいの経済成長をしてきたけれど、それが今年はゼロになりそうです。

 アジアは世界の生産拠点として、サプライチェーンの要となっていますが、果たして従来のようにヒト、モノ、カネの移動が戻るのか。注目点の一つはサプライチェーンの行方、もう一つは安全保障に関する問題のインパクトです。米中対立が最たるものですが、中国が自国の利益と考えることを端的に主張するようになったことで、安全保障リスクが高まっている。各国との領土問題や技術移転、知的財産権の保護などに関する問題が大きくなってきています。中国の賃金の上昇もあり、以前から中国以外の生産拠点を持つ「チャイナ・プラスワン」という考え方がありましたが、それがさらに強まるかもしれません。工場を自国回帰させる、または他のアジア諸国に移転するなどの動きが出てくるでしょう。一方で、そう簡単に中国を切り離すことはできないとする考えもあり、アメリカの対中強硬派が唱えるデカップリング論は世界に深刻な影響をもたらします。世界のサプライチェーンは中国に依存してきたのです。

台頭する中国の行方

─中国は二〇一五年にアジアインフラ投資銀行(AIIB)を発足させましたが、ADBではAIIBをどのように見ていたのでしょうか。

 中国は改革開放後の一九八六年に加盟して以来、ADBとは良い関係を築いています。中国はADBのみならず、世界銀行からも融資を受けて非常に高い成長を遂げました。助言を素直に聞き入れるし、協調的に行動してきたのです。中国からすれば、ADBや世界銀行の融資を受けることは、金融上のメリットもあるけれど、それ以上に技術面、環境社会配慮なども含め、そのノウハウを重視してきたと思います。私は劉鶴副首相や易鋼人民銀行行長、歴代の財政部長など中国高官と意見交換してきましたが、中国側もまた、ADBの支援を高く評価しており、今後も借入を続け、専門知識などをシェアしていきたい、アジア地域に積極的に協力していきたい、と繰り返し発言していました。ADBは国際機関ですから信頼性を保つためにも、欧州諸国や韓国、カナダ、オーストラリアなど共通の加盟国も参加するAIIBと協調しないということは選択肢としてあり得ないのです。

 ただし、日本がAIIBに加盟するか否か、これはまた別問題です。日本やアメリカが国としてAIIBに参加しないとなれば、なおさらADBはAIIBと協調して国際基準の知見をシェアすべきだと思います。

─中国のGDPは一八年段階で一三・六兆ドルと、日本の四・九兆ドルを遥かに上回り、アメリカの二〇・六兆ドルに迫りつつあります。それでもなおADBが中国に貸付を行うのはなぜでしょうか。

 確かに中国は借入の卒業基準に達しているのにと、よく聞かれる質問です。ADBの借入国からの卒業基準は世界銀行と同じで、①一人当たりGNI(国民総所得)が六九七五ドル以上(一八年基準、毎年更新)であること、②リーズナブルな条件で資本市場からの資金調達が可能であること、③重要な経済的・社会的制度が一定の発展レベルに達していること、このすべてが満たされれば卒業プロセスを協議することになっています。中国はGNIが九四七〇ドルで基準を超え、市場での資金調達も可能です。しかし③の制度的な強さが十分でないことが、ADBが貸付を行う理由となっています。

 私はそれに加え、中国への貸付は環境問題や気候変動など外部効果のある分野に焦点を置き、金額も絞っていること、ADBの市場での調達金利に上乗せ金利を付けていること、ADBもまた金融機関で、トリプルAの格付けを持ったADB債を発行しているわけですが、信用度が高い大口借入国の中国を失うと、同じ格付けを取るのにさらに資本を要すること、また、中国に貸付をしながら協力関係を保っておくことは、アジア地域や国際社会にとって望ましいことであること、これらを貸付の理由として説明してきました。

─中国は自国で資金を賄えるだけの経済力があり、技術力も上がっている。それでもADBから借入を続けるのは、そのノウハウを得るため、国際機関との関係性を絶たないためでしょうか。

 そうです。中国は資金も技術も持っていますが、環境問題や住民移転、社会政策についての知見はまだそれほどありません。外部のコンサルタントを雇うのも一つの方法だけれど、ADBはインフラ整備や社会政策の分野で半世紀以上の蓄積を持っています。中国もそれをわかっているので、ADBのノウハウを得て、各国での経験もシェアする。そこに意義を見出しているのです。

 また中国にとっては、国際社会の重要な一員であることをアピールする面もあるでしょう。毎年春に開かれる中国開発フォーラムは壮観です。そこにIMFや世界銀行、ADB、OECDなどの国際機関の長、世界中の大企業のCEO、ノーベル賞級の経済学者を数十人招き、中国もまたそれら国際社会の重要な一員であることを強調しているのです。そしてAIIBは、中国が自ら立ち上げた国際機関であるのだと。そこには国際社会での地位、国威を示す意味も含まれているのでしょう。

AIIBは脅威にならないか

─ADBは世界銀行などと同様に投票権は出資比率に基づきます。アメリカは日本と同率一位で一五・六%の出資比率ですが、中国への貸付にはやはり反対に回るのではないでしょうか。

 まず、貸付規模やスタッフ数、知識の蓄積の差は大きく、ADBはAIIBを脅威とは考えていません。

 一般論としてアメリカは、税金を使う行政機関に対して議会が縛りをかけているので、ADBなどの国際機関でも特定の国に対するプロジェクトについて棄権や反対票を自動的に投じることが多くあります。トランプ政権になってからは中国に対して厳しい姿勢が強まっています。

─先ほど、AIIBにADBとしては関与すべきだが、国として日本が加盟することは別問題だ、とのことでした。AIIBへの加盟の可能性についてはどう見ているのでしょうか。

 AIIBがアジアのインフラ投資を助ける目的で設立されたことは理解します。また、社会や環境に配慮したプロジェクト基準、公平な入札に基づく調達を行うのであれば、ADBは共通の課題においてAIIBと協調できると考えました。

 私はADBの前総裁であって、日本の国家としての判断はまた別です。その上で、たくさんの人々とディスカッションしたことを振り返りたいと思います。

 AIIBへの日本の加盟に賛成する人たちが挙げたのは、「中国との関係を良好に保つべき」「プロジェクトの資材調達や工事で日本企業が不利にならないようにせよ」「AIIBに国際基準を順守させるためには、組織内から発言したほうが効果的」「アジア諸国が日本のAIIB参加を求めている」。主にこういう理由でした。

 一方の反対論は、「もしAIIBに加盟すれば、アジア域内の先進国として日本に多額の資金貢献が求められる」「中国との関係は大事だが、ADBやJICAを通じても協力できるのではないか」「日本企業の資材・工事は途上国のプロジェクトに対してオーバースペックで高コストなため、もともと落札が難しい状況にある」「AIIBは中国が圧倒的な議決シェアを持つので内部に入るよりも外部から意見したほうが効果的だ」。こういった声が多かったように思います。私はどちらかと言えば、後者側の立場でした。

─中国はAIIBを立ち上げ国際社会での存在感を高めようとしていますが、一方で知的財産権を守らない、強制的に技術移転させる、また香港やウイグルでの人権問題など重大な問題を抱えています。それらについてはどうお考えでしょうか。

 中国は国際社会での地位を高めようとしているのに、様々な問題で国際社会が非常に厳しい目を向けていることには気をとめず、国内向けの説明に終始しています。私が中国高官と会うたびに強調してきたのはその点です。中国は誰もが認める歴史のある大国です。経済力は今や日本の三倍近くになり、技術力も備えて、国際社会で十分なプレゼンスを持っている。たとえば、IMFや世界銀行において、日本が長年の苦労の末に手に入れたシェアとポストも手に入れた。一方で彼らには、まだ途上国であるという認識も強く、多くのことが途上国ゆえに許されると考えています。そこから国際社会との認識のずれ、あるいはダブルスタンダードが生じているように感じます。

 中国は、アヘン戦争で西洋列強に侵食されて以降の屈辱感を強く持っています。戦前の日本も西洋に対等に扱われていないことへの憤り、リゼントメントを抱き、それが拡張主義に陥らせ、自国民と周辺国の人々に甚大な被害をもたらしました。だから、中国にはそうならないでほしい。無理に急いで存在感を示すのではなく、安定した成長と国民の生活向上を目指せば、自然と世界からもっと尊敬される国になる。そのようなことを中国の高官には伝えてきました。

 中国はかつて鄧小平が唱えた「韜光養晦」、あまり自己主張せず、国際社会と協調していく路線でやってきました。しかし、習近平になってから世界に強く自己主張するようになった。例えば中国が南シナ海で主張する「九段線」には、東南アジア諸国が反発しています。国境線をめぐってはインドとも対立が激化している。香港やウイグルでの強硬な姿勢の問題もあります。中国からすると「核心的利益」になるのでしょうが、国際社会から見ると、やはり現状の変更であり、それは違うのではないかということになります。

中国輸出入銀行の融資の下にスリランカのハンバントタ港が第三の国際港湾として建設されましたが、借入を返済できず、中国企業に九九年間の港湾運営権を渡すこととなりました。米『ニューヨーク・タイムズ』紙が、これを中国による「債務の罠」であると指摘しましたが、AIIBも同様に「一帯一路」構想を進める機関にはならないでしょうか。

『ニューヨーク・タイムズ』の「債務の罠」報道は一八年六月で、ちょうど米中対立が鮮明化した時のことです。もともと中国は、中国輸出入銀行や国家開発銀行を通じて途上国への融資を自国の輸出に結びつけるタイド条件で行っていました。AIIBは国際基準に従ってアンタイドで融資しているので、問題のあるプロジェクトを行う可能性は低いと見ています。一帯一路での中国の融資は、経済合理性、あるいは債務の持続可能性に問題があります。

 日本を含むOECD加盟国ならば、公的な貸付は各国の財務省がすべて把握し、債権国会合であるパリクラブで議論します。しかし中国は、先の輸出入銀行、開発銀行、国有企業などが公的な融資を担っていますが、それぞれがバラバラに動いていて、どれだけのお金を動かしているか中国当局さえ把握できていないのです。だから中国の国際プロジェクトの多くがいま問題を抱えています。中国が一帯一路構想の下に影響力を行使したい、中国製品を買わせたい、という意向はあると思います。しかし、考えるほどうまくいくのか。

 そもそも一帯一路は、かつて中国と欧州を結んだシルクロードを、陸路と海路から復興しようという計画です。中央アジアを通って中国と欧州を結ぶ鉄道はその肝です。しかし、中央アジアは広大な土地に対して人口が少なく、採算に乗せることは難しい。ウズベキスタンのサマルカンドは紀元前から栄えた古都ですが、十五世紀以降は廃れていきました。なぜかと言えばインド航路が拓かれ、そちらが栄えていったからです。今でも、海路や空路に比べて維持費がかかる陸路が対抗することは、簡単ではないと思います。

─ご著書では劉鶴副首相など中国高官との交流も描かれ、彼らの開明的な考えに驚きました。国家体制とのギャップを感じます。

 劉副首相とは二〇〇九年以来のつきあいですが、彼はハーバード大学大学院への留学経験もあるインテリです。劉氏はケインズ的な拡張政策を安易に用いるべきではなく、むしろシュンペーター的な構造改革が重要だと言っていたのが印象に残っています。あれだけ大きな国で修羅場もくぐり抜けて高官になった人々は、非常に有能です。

 中国は目覚ましい経済成長や技術進歩を遂げる一方で、内陸部にはいまだ貧困が残っています。ADBの貧困削減プロジェクトで雲南省を訪れたことがありますが、山間部の村にはガス・上下水道がなく、裸電球に藁で作ったようなベッドに寝る老婆と寄り添う独身の息子がいました。同行した中国の財政部副部長もその暮らしぶりに衝撃を受け、ポケットからいくばくかのお金を渡していました。私が会ってきた高官たちには誠実な人物が多かったと感じます。

 中国は大きな国ゆえに地方格差、所得格差の是正は簡単ではありません。力をつけ、大国として世界にアピールしたい一方で、まだ途上国としての問題も多数抱えている。市場経済を生かしつつ、格差の是正と持続可能な成長にこそ力を注ぐべきです。最近の経済システムにおける国家・党主導の強化、地政学的な面での自己主張は、中国自身の利益にならないように感じます。

アジアの成長は、市場と民間の力

─アジアは人口も多く、今後も経済成長していきそうです。二十一世紀は「アジアの世紀」とも言われますが、将来をどう見ていますか。

 ADBが一九六六年に創設されたとき、アジアは非常に貧しく、一番の課題は食糧を行き渡らせることでした。当時、欧米の経済学者はアジアは「沈滞」しているなどと、非常に悲観していました。しかし経済発展は目覚ましく、アジアの開発途上国の一人当たりGDPは、一九六〇年に平均三三〇ドルであったものが、二〇一八年には四九〇三ドルと一五倍になりました。世界におけるアジア途上国のGDPシェアも、六〇年の四%から一八年には二四%に拡大しています。アジア全体においては、このまま成長できれば二〇五〇年までに世界のGDPシェアにおいて五〇%を超えるとも言われています。アジアの現在の人口は世界全体の約五五%ですから、平均的な生産性を実現できれば五〇%超を達成するのは必然とも言えます。

 ADBでは多くのスタッフたちを動員して『アジア開発史』(日本語版も刊行予定)を編纂しました。一九九三年に世銀が出した有名な『東アジアの奇跡』は中国や中央アジアをカバーしておらず、サービス産業、気候変動、ジェンダーなどの新しいテーマも加えてこれを書き換えることがねらいです。

 強調したかったのは、市場や民間の役割です。これまで欧米の学者を中心に、アジアの成長は政府主導の特殊な経済政策、金融政策があったからだという見方がありました。一九八〇年代にカリフォルニア大学のチャルマーズ・ジョンソン教授などは、官主導を強調して「日本異質論」を展開しました。確かに日本では、戦前の総動員体制の時代から資源も貯蓄も外貨も不足していた戦後の一時期まで、政府が国内産業を助ける産業政策をとっていました。しかし、それは十九世紀の米国やドイツなども含め、工業化の時代に広く世界で行われてきたことでもあります。アジア各国の経済発展史をデータとともによく見ていくと、開放的な貿易・投資体制、インフラや教育への投資、安定的なマクロ経済政策など、各国がそれぞれの段階を踏まえ、標準的な経済理論で説明できる政策をとってきました。つまりアジアの成長に特殊な「アジア・コンセンサス」などはないという立場です。

─ご著書でもその点を強調されています。

 近代化、工業化は欧米で先に進み、経済学も西洋で発達したので、これまで欧米の思想がリードしてきたことは確かです。一方で、今やアジアにも英語で発信できる優秀なエコノミストはたくさんいます。私は大蔵省勤務の八〇年代後半に、日米構造協議に携わりましたが、日本は政財官が連携して不公正な競争を行っている、土地価格が高いことまでが排他的な政策だというような決めつけに強い違和感を持っていました。今でもアジアは「輸出志向」経済であると、過度に強調されて誤解を生んでいます。日本は、資源や技術を輸入するために輸出を必要としたのであって、経常黒字によって成長を主導したわけではありません。

 私は、アジアの人々が自国の経済、歴史をきちんと分析し、もっと世界に説明し、新しいアイデアを提唱していく必要があると考えます。「欧米の経済学者がこう言っているから」という姿勢はいただけません。アジアにも誇るべき経済発展や思想の歴史があります。日本には江戸時代からの商人の伝統と資本の蓄積がありました。明治に入り、それまで身分制度に押し込められてきた人々のエネルギーが一気に近代的な制度と経済を作っていきました。戦前も、たとえば日本の鉄道、都市計画は小林一三の阪急や五島慶太の東急に牽引されてきました。

─経済の低迷にあえぐ日本はどうしたらよいでしょうか。

 日本は、生産年齢人口一人当たりの生産性を見ればアメリカと同程度に伸びているのだけれど、人口が減少し、高齢化が進んでいるので実質GDPの伸びは抑えられています。バブルがはじけたあとのバランスシート調整が尾を引いたこと、中国や韓国の製造業、アメリカのIT産業に挟撃されて日本の産業がかつての輝きを失っていることも事実です。しかし、日本には収益にはつなげきっていない独自の付加価値や高い技術も多くあります。今後、高等教育や技術開発にもっと財政資源を向けること、投資や貿易だけではなく教育や専門人材、金融、技術交流などを通じてアジアの勢いを取り込んでいくことが鍵になると思います。

 

〔『中央公論』2020年10月号より改題して転載〕

中尾武彦(前アジア開発銀行総裁、みずほ総合研究所理事長)
〔なかおたけひこ〕
1956年生まれ。兵庫県出身。78年東京大学経済学部卒業後、大蔵省入省。カリフォルニア大学(バークレー)経営学修士。主計局主計官、国際局開発政策課長、在米国日本大使館公使、財務省国際局次長、国際局長などを経て、2011年8月財務官。13年4月から20年1月までアジア開発銀行総裁。20年4月より現職。著書に『アメリカの経済政策』『アジア経済はどう変わったか』など。