菅政権の外交・安保戦略は? 今こそ日本の主体性を示す時
外交の安倍から内政の菅政権へ
─米中が対立する環境下で、菅政権はどのような外交を展開していくべきでしょうか。
森本》日中は安全保障について様々な問題を抱えていますが、それ以外の経済や投資は順調で、日中の経済関係は互いになくてはならないものになりました。その意味で中国は、安倍政権を評価しています。
また、米中両国と上手につきあいながら、欧州やアセアンの国々とも良い関係を維持した安倍前総理の外交上のリーダーとしての評価は、国際社会では定着していると思います。
菅総理は安倍政権の政策を踏襲すると言っていますが、多くの国は安倍前総理と同じ外交的役割を果たせるはずがないと思いつつ、いままでのような役割を果たせる日本であってほしいという気持ちがあると思います。これは、日本にとって、非常に大きな課題になります。
三浦》安倍前総理は、戦後レジームからの脱却を唱えました。敗戦国として背負った歴史問題を乗り越え、国内における歴史認識の分断というくびきから日本を解放し、普通の国にするという試みは、ある程度達成されたと思います。
安倍前総理の能力については、ものごとのアブストラクト(概要)を把握する力が秀でていたと思います。安全保障や経済問題についての細部は専門家にゆだねるにしても、骨格を把握する能力が秀でていることによって、リーダーとしてどの方向へ何を強調して言えばいいのかがわかっていたのだと思います。
菅総理は具体的な政策重視の方です。したがって、外交においても理念よりもプロジェクトを重視し、利害に基づき国益のためになることを実践する、という感覚の方だと思います。日本の複雑性、多元性を体現するには向いていますが、首脳の交渉力、リーダーシップとして、筋を通さなければいけないところをどうするのか、全体をうまくまとめられるかどうかは、まだわかりません。
森本》三浦さんが仰ったように、安倍前総理は抜きん出た外交感覚を持っていただけでなく、実務的な能力が非常に高いことで日本の国益に貢献したと感じます。
一方、菅総理の際立った特徴は、日本の官僚制度を知り尽くしていること、それから日本が直面しており、すぐに対処すべき問題が何であり、どこを押さえればどうなるのかを十分に知っておられるところにあると思います。
ただ、外交や安全保障についての経験や実績は未知数です。中国、アセアン諸国、欧州のリーダーともほとんど深い人脈はないと思います。米国もこれまでのような円熟した日米関係を継続できるかどうか不安感を持っているので、明確な理念を示して、この不安感を早く払拭してほしいと思います。
日本の安全保障を根源から問う
─安倍前総理は退任直前に「敵基地攻撃能力」の保有の検討を促す談話を発表しましたが、この件も含めて菅政権は、安全保障戦略に対してどのように取り組むべきでしょうか。
森本》日米の安全保障、防衛関係には課題が山積みです。第一に日米のホスト・ネーション・サポート(在日米軍駐留経費負担)の特別協定を年末までに合意して、令和三年度の予算に計上する必要がある。日本は従来の枠組みを変える考えはありませんが、米国は大変重視しており、熾烈な交渉になると思います。
第二に、次期戦闘機(F‐2後継機)の構想設計。日本が主導して行う開発計画のどの分野をどの程度米・英に協力させるのかによって、新しい戦闘機開発のリスクとコストをどうやって減らすかを、年内に議論しなければなりません。
第三は、国家安全保障戦略の見直し。これは来春までかかると思いますが、ミサイル抑止について我が国が打撃力を持つと日米の役割、任務の分担をどうするかを米国と協議しなければなりません。
また、イージス・アショアの関連では代替手段を決めて、防衛大綱や中期防衛力整備計画の見直しも検討する必要があります。さらに、米国の次の政権とどのような同盟関係を維持していくかを考えなければなりません。
さらに、対中戦略上重要なことは、日米韓の緊密な連携を維持しつつ、アセアンと協調を図って日本の安定や将来の繁栄を維持していくこと。また、豪州やインドと作り上げてきた緊密な関係を増進することです。
何をすることが日本にとって真に国益なのかを考えて、こちらから打ち出していく。その発想をもって、多くのアジアの国々に対応していく努力が、日米同盟とともに重要だと思います。
三浦》日本は、資金力でも先端技術でも中国に後れを取って久しい。ですから、ソフト面で入っていくことが大事だと思います。かつてのODAのように、東南アジアの途上国を援助しながら日本の大企業の利益を確保するといった発想では、中国の浸透力に敵うわけがない。東南アジア諸国は中国による投資を受け入れつつも、中国一辺倒になることは望んでいません。ですから、日本はソフト・パワーやユニークな技術を持ち込むべきです。日本が投資するプロジェクトに「持続性」という概念を埋め込むことで、東南アジアの社会構造を変える手助けもできます。それこそ、日本が得意とするところだと思います。同時に、防衛力のような日本のハードなパワーも見直さなければなりません。
森本》安全保障の本質を考えると、これからの日本にとって一番重要なことは、同盟関係の中で手段を考えるのではなく、日本がもっと主体的に自らの安全保障を考えることです。いままでのように米国の足らない部分を日本が補うのではなく、日本の足りない部分を米国に補わせる。日本が主体の安全保障体制を作り直していかなければいけません。
米国との協力は重要ですが、日本が主体的に対中戦略を作っていくことができないと、日本の安全が維持できない時期にさしかかっているのではないかと思います。
三浦》日本にそれができるのかはなはだ不安ですね。河野太郎前防衛大臣が破棄したイージス・アショアの問題でも、国民的議論はありませんでした。国民は当初、北朝鮮からミサイルが飛んでくる不安もあって「防衛型兵器であればよい」と消極的に支持を与えていたのでしょう。
しかし、何が合理的であるかを軸に設計しなければ、貴重な税金を無駄にすることになりかねない。他方で、敵基地攻撃能力については理念重視の議論が先行し、具体的に自衛隊に何が可能なのかという議論は表ではなかなか聞かれません。
中国は、私たちにとって欠くことのできない貿易相手国です。しかし、同時に軍事的な脅威でもある。これから十年掛けて防衛型兵器の解釈について議論を進めるというような悠長な話ではありません。森本先生が仰るように、そもそもの姿勢を転換しなければならない。根源的に変えるのであれば、憲法も見直すべきだと思いますが、菅政権で憲法改正が重視されることはないでしょうね。
森本》日本の防衛というのは、実は国内政治問題です。イージス・アショアだけでなく、佐賀のオスプレイも沖縄の埋め立ても多くが国内問題です。国内をきちんとマネージメントできずに、防衛のあり方を考えるわけにはいかない。内政がマネージメントできなければ、防衛はできません。一方で国民の側も、イージス・アショアのブースターの落下場所という問題だけでミサイル防衛を論じるのではなく、安全保障のあり方全体を真剣に直視すべきです。
構成:戸矢晃一
〔『中央公論』2020年11月号より後半部分を抜粋〕
1941年東京都生まれ。防衛大学校理工学部電気工学科を卒業後、航空自衛隊を経て79年外務省入省。2000年より拓殖大学国際学部教授。09年初代防衛大臣補佐官、12年民間人初の防衛大臣に就任。16年より現職。『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛』『国家の危機管理』など著書多数。
◆三浦瑠麗〔みうらるり〕
1980年神奈川県生まれ。東京大学農学部卒業。同大学公共政策大学院及び同大学大学院法学政治学研究科修了。博士(法学)。山猫総合研究所代表取締役。第18回正論新風賞受賞。『シビリアンの戦争』『21世紀の戦争と平和』『孤独の意味も、女であることの味わいも』『私の考え』など著書多数。