スガノミクスの「肝」をサントリー社長が語る
新陳代謝と創造的破壊
新浪 雇用調整助成金はしばらくは出し続ける必要がありますが、一方で将来的に厳しい産業が出ている現実もあります。そうした産業から別の産業への労働力移動を促すような雇用調整助成金へと重きを移していかなければいけません。
また、とりわけ大企業の再編も必要です。解決策の一つとしては、規制改革によって銀行が例えば五年から七年程度の期限付きで二〇%までの資本を持てるようにすることも考えられます。銀行が融資だけなく出資することによって、優秀な人財が別の企業に行って業界を再編していく流れが生まれる。
最後に中小企業に関しては、自助努力している企業へ人財が流れる仕組みを作るべきです。中小企業庁のあり方も見直して、自ら成長したいという企業へのサポートをすべく、補助金という従来のやり方から脱却する必要があります。
伊藤 銀行は取りあえずみんなを助けるということで資金を提供してきたわけですが、当然、不良債権が膨れ上がる恐れがある。これからは企業にABCDといったランク分けをせざるをえないし、政府もそういうことを考えていかなければなりません。想像以上のレベルで、景気対策をしていく必要があります。
それから生産性について一言申し上げたいのですが、政府と民間で一つだけ異なる点があります。それは、政府は一つしかないということ。だから政府には、とにかく頑張って生産性を上げてもらうしかない。
民間の生産性というのは、一律に上がっていくものではなく、申し訳ないけれども生産性の低い企業には市場から撤退してもらって、全体として上がっていくものです。そのためには、ある種の新陳代謝、新浪社長がおっしゃる人の移動も含めて、少し厳しい調整が必要かなと思います。イノベーションの大家であるシュンペーターは、イノベーションの本質は創造的破壊だと喝破しています。すなわち破壊がないところに創造はない。これは、今の日本経済にも当てはまると思います。なかなか厳しいことではありますが。
新浪 良い人財が大企業で面倒をみてもらえると安心していたら、終身雇用はもう持たない時代になった。早い段階で外に活路を見出していくようにしてさしあげることが実は本人にとってもいいし、日本全体にとっての活力にもなっていくのではないか。ベンチャーのような、昔はなかったものが生まれ、二十代や三十代前半が大企業の外に出始めた傾向はとてもいい。その中心がやはりデジタルです。スガノミクスはそういった動きをいろいろな施策で応援してはどうかと思います。
伊藤 重要なポイントは、スガノミクスがアベノミクスのレガシーを継いでいるということです。スガノミクスになったからといって、金融政策や財政政策が変わるわけではなく、その上に何をプラスするかです。
アベノミクスのキーワードは需要喚起です。「三本の矢」を掲げましたが、結果的に有効だったのは金融政策と財政出動。この二つにより、なんとかデフレではない状態を作ったことは大きな成果です。
他方、サプライサイドに関しては、コーポレートガバナンスの改革や、法人税の引き下げなど、いろんな課題に取り組んだのですが、政府が馬(企業や国民)を水場に連れていっても、残念ながら馬が水を飲まなかった(笑)。その状況でいくら需要喚起をしても、限界がありました。
今サプライサイドで生産性を上げる力を持っているものは何だろうかと考えると、もちろん政府の規制改革は大事なのですが、それで経済が見違えるほど良くなるわけではない。日本のサプライサイドを動かす潜在力を最も有しているのは、やはりデジタル技術なのです。スガノミクスに期待したいのはサプライサイドの技術革新を邪魔しないように推し進めていく、そういう規制改革も必要だろうし、デジタル庁や、先ほどの中小企業庁のあり方も課題でしょう。
このように、ディマンドサイドのアベノミクスと、サプライサイドのスガノミクスが両方連動していくと非常にいいのかなと思います。
スガノミクスの一点突破力
─GoToキャンペーンや携帯電話料金値下げという政策は、一見すると庶民に対してお得感を与え、需要を喚起するための施策のように見えますが、サプライサイドとどのように関わってくるのでしょうか。
伊藤 GoToキャンペーンは延々やるわけではないから需要喚起と変わらないと思いますが、携帯電話料金の値下げはサプライサイド的な面も強い。振り返ると二〇〇〇年の森喜朗内閣に同様の例があって、IT戦略会議が当時NTTの独占状態だった光ファイバー網を開放させたところ、それをきっかけに、NTTがITを中心とした新たな事業展開するようになったということがありました。ですから、携帯電話の事業会社が高い売上高利益率に安住していると、さらなる発展は望めませんが、あえて料金を下げさせることによって、5G時代の新たなビジネスを作ることにつながる可能性がある。
どうですかね、菅総理はサプライサイドというと言い過ぎかもしれませんが、個別分野を攻めていくのが得意なのではないでしょうか。
新浪 突破力がすごいですね。やると決めたことは必ずやり遂げる方なので、携帯電話料金の値下げは消費者、とりわけ若い人たちの消費力を上げることを意識されていると思います。重要だと思うところに突き進んでいく様子は、不妊治療の保険適用という政策にもうかがえます。おそらく、これを突破することによって合計特殊出生率を上げていきたいという思いを持っておられる。
菅政権はそのような、今できることに取り組むことによって、コロナで皆が沈みがちになっている時に「やれるんだ」という高揚感を作っている。このモメンタムは、非常に重要だなという感じがします。
それと、菅総理が全国加重平均で時間額一〇〇〇円を目指すように厚生労働大臣に指示したという「最低賃金の引き上げ」をぜひ挙げたいです。これは過日、経済財政諮問会議の場で、五%を一期に上げるべしと私も提案をしました。
苦しい中でも賃金が中長期にわたって上がっていくとなれば、企業にとってもDXを進めるという意義がある。最低賃金引き上げが重要なのは、一〇〇〇円に向けて上がっていくからデジタルへの投資につながる点なのです。DXを進めて生産性を上げることと、鶏が先か卵が先かという関係ではありますが、両方取り組んでいくべきです。
実は今、物流の皆さんがご苦労されているのですが、ここに自動運転のトラックが導入されると生産性が上がるし、職場環境も良くなる。賃金が上がることによって、運転手のなり手も増える。ですから最低賃金を上げることは、DXと伴走することにもなるわけですね。
そういった意味で、菅総理は何か一点集中することによって、波及効果を狙ってやられる方だなと思います。とにかく、やりきる力がすごいですね。
伊藤 新浪社長が経済財政諮問会議で当時の菅官房長官と一緒に取り組んだものに薬価制度改革がありますが、これも然りです。医薬品を安くしたことによって、今まで特許の切れた薬で安穏としていた薬品メーカーがもっと前向きにいかざるをえない方向にした。つまり、先程来申し上げているサプライサイドの意味でも、大きな影響があったということです。
スガノミクスの一点突破力に期待をしたいですね。
撮影:言美歩
〔『中央公論』2020年12月号より抜粋〕
1959年神奈川県生まれ。81年三菱商事入社。ハーバード・ビジネススクール修了(MBA取得)。2002年ローソン社長。14年10月より現職。経済同友会副代表幹事、日本経済団体連合会審議員会副議長、内閣府経済財政諮問会議議員などを務める。
◆伊藤元重〔いとうもとしげ〕
1951年静岡県生まれ。東京大学経済学部卒業。米国ロチェスター大学大学院経済学博士号(Ph.D.)取得。96年より東京大学大学院経済学研究科教授。2016年より現職。復興推進委員会委員長、経済財政諮問会議議員などを歴任。JR東日本旅客鉄道株式会社社外取締役。東京大学名誉教授。