野党再生のカギ 連合会長と「リベラル保守」の論客が指摘

神津里季生(日本労働組合総連合会(連合)会長)×中島岳志(東京工業大学教授)
目次
  1. れいわ新選組になけなしのお金を寄付した人たち
  2. 次の政権交代の鍵は首長経験者か
  3. 未来の安定性に対するビジョン

れいわ新選組になけなしのお金を寄付した人たち

─野党は与党に対しての批判ばかりで、自ら提案をしている姿勢が見えないという批判がありますが。

神津 そこは多分に見え方の問題だと思います。例えば、国会の法案審議も八割方は政府案に賛成しているわけですが、表には見えない。森友や学園の問題は、世論調査でも国民の七割方はあやしい、おかしいと思っているわけですから、それを追及するのは有権者に対しての責務でもあります。
 しかし、疑惑や問題が根本的に解明されず、同じことを繰り返さざるを得ないために、批判だけしているように見えているのでしょう。

中島 野党も批判ばかりではありませんが、それが国民に届いていないのは事実でしょう。私見によれば、届きそうになった機会は、大きく見て二回あったと思います。
 一回目は二〇一七年に立憲民主党が結党した時です。希望の党は「リスクの個人化」と「パターナル」の小池都知事を担いだことから、理念の混乱が生じました。一方、枝野さんは、国民に対して「リスクの社会化」と「リベラル」という明確なビジョンを訴えました。
 そこをさらにラディカルな形で見せたのがれいわ新選組、昨年の参議院選の山本太郎さんでした。私はあの時、ポケットに数百円、数千円しかないような人たちが、そのお金を寄付する姿を見ました。本来ならばもっと以前に救われるべき立場だった人たち、しかも、政治に目を向ける余裕がなかった人たちが、山本さんの叫び声に反応して政治に関心を持ち、自分のなけなしのお金を出した。
 私自身、痛烈な反省をしなければいけないと自覚していますが、政党政治家も知識人も、もしかしたら労働組合も、こうした人たちに向けて声が届かなかった部分があったのだと思います。この点で、私は山本さんへの敬意を忘れてはならないと思います。
 しかし、立憲民主党もれいわ新選組も、政権交代という「もう一艘の船」とは認識されなかった。ここをなんとかしなければなりません。新しい立憲民主党を「きちんと乗り移れる希望ある船」にしていくことは、政治家と連合の皆さんの力にかかっていると思います。

次の政権交代の鍵は首長経験者か

─野党の声はなかなか国民に届いていないとのことですが、コロナ対応によって注目された知事たちは、いわば「もう一艘の船」になりうるでしょうか。

神津 コロナの問題をきっかけに、改めて知事さんを含めた地方自治に光があたったのは、リスクの社会化がいかに大事かということであり、そこに力を振るった知事が光を放ったということだろうと思います。
 菅総理の言う「自助・共助・公助」自体は重要ですが、新自由主義や自己責任論ばかりが横行すると、「自助が当然だ」という社会になってしまいます。公助と共助とをどう組み合わせれば、自助の力が発揮できるようになるかを考えることが大切です。
 日本の公助を充実させるためには、地方自治の役割は非常に大きいですし、公助と共助と自助を組み合わせるには、地方自治体の人たちの力がなければできません。財源の問題も含めて、地方自治体がもっと力を発揮できるようにしていかなければならないと思います。

中島 野党に支持が集まらないのは、この人たちに政権を預けられるのかという実務面での不安があるからだと思います。その背景に、旧民主党政権の失敗があるのは明らかです。私はすべて失敗だったとは思いませんが、多くの国民は野党が政権についたら「またあの繰り返しになるのか」という懸念を持っています。
 安定性という意味では、実務面で力のある知事や地方自治体の首長が、この再編にどう関わってくるかも大きなポイントになると思います。
 首長さんたちの対コロナ政策を私なりに検証した結果、注目しているのは、東京都の保坂展人・世田谷区長と愛知県の大村秀章知事です。こうした方々の実務の知見が野党に加わると、政権の一つの像が見えてきます。野党には現有勢力だけでなく、実務面でこの人に任せれば大丈夫だと思わせる安定性が重要ですから、首長が中央政治にも関わってくることが望ましいと思います。

神津 私も、地方自治体の首長として行政手腕を発揮し、かつ改革もきちんと進めてきた人が中央政界で力を発揮する流れが、もう少しあってもいいように思います。

中島 次の政権交代のパターンは、二〇〇九年のように野党が選挙で圧勝して政権を取る形ではなく、一九九三年のパターン。あの時は熊本県の細川護熙元知事を中心にした日本新党と新党さきがけでした。さきがけは自民党から割れて出てきたわけですが、もともとは滋賀県知事だった武村正義さんがいた。二人の知事経験者が政権交代を果たしたのです。

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未来の安定性に対するビジョン

─最後にあらためて「自助・共助・公助」を掲げる菅政権への注文を。

中島 日本がそれなりに豊かな社会として持続してくために重要なのは、社会としてスタビリティ(安定性)があること、「未来の安定性に対する安定的なビジョン」を持つことだと思います。
 例えば中小企業は、ここで転んでも公助が受けられるという保障があるから思い切って投資できる。逆に、企業が多額の内部留保を抱えているのは、安定性に対しての信頼を失っているからです。行き過ぎた新自由主義によって、誰も助けてくれないので自分ですべて抱え込まなければと思うから、国全体にお金がまわらない。安定性に対する国民みんなの合意を作るために、税制をどうしたらいいのか考えなければなりません。

神津 新自由主義は結局、すべてを自由にし、野放図にすればうまく収まるということだと思いますが、それは人間の無謬性を過信し、依拠することだと思います。しかし、人間に間違いはつきものですから、そんなにうまくいくはずがない。だからこそ、きちんとしたセーフティネットを張らなければなりません。
 セーフティネットにもいろいろなタイプがあり、現状は雇用調整助成金でなんとかしのいでいます。いまは「その場」をしのがなければいけないから必要な助成金ですが、「それだけでやっていけるか」と言うと、かなり難しくなってきている。
 究極のセーフティネットとして生活保護はありますが、自己責任論が災いして、本来使うべき人が使えない状況です。自殺者も増えているように、行き場がないと感じている人が増え始めています。
 GoToキャンペーンなどが始まり、このままなんとかなるんじゃないかという雰囲気になりかけていますが、雇用はこれからが危ない。セーフティネットをしっかり張っていくことが、一番大事なことです。

中島 私たちは、全くルールのないところで原理的に競争し合うことが、いかに破壊的なことかを知ったがゆえに、何百年もかけて近代社会のルールを作り、規制を作ってきました。それを行き過ぎた規制緩和で安易に解体するのは、歴史への冒涜です。
 もちろん、現代に合わなくなった規制があるのは事実ですが、そこを丁寧に調整していけばいいのであって、すべてを脇に置いて競争を唱えるのは文明以前への回帰ではないでしょうか。人間が長い時間をかけて培ってきた叡智に、きちんと目を向ける必要があります。

神津 なるほど。歴史の中で、新自由主義がどういう経緯で生まれてきたのか。あるいは、自己責任論が日本でいまなぜはびこっているのか。そういったことも、歴史の振り返りを含めて勉強していかなければいけませんね。

構成:戸矢晃一

 

〔『中央公論』2020年12月号より抜粋〕

神津里季生(日本労働組合総連合会(連合)会長)×中島岳志(東京工業大学教授)
◆神津里季生〔こうづりきお〕
1956年東京都生まれ。東京大学教養学部卒業後、新日本製鐵入社。鉄鋼労連特別本部員在任中に在タイ大使館派遣。新日本製鐵労働組合連合会会長、日本基幹産業労働組合連合会(基幹労連)中央執行委員長等を経て2015年より現職。著書に『神津式労働問題のレッスン』など。

◆中島岳志〔なかじまたけし〕
1975年大阪府生まれ。大阪外国語大学卒業、京都大学大学院博士課程修了。北海道大学大学院准教授を経て現職。専門は南アジア地域研究、近代日本政治思想。『中村屋のボース』(大佛次郎論壇賞、アジア・太平洋賞大賞)、『パール判事』『「リベラル保守」宣言』『自民党』など著書多数。
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