日中関係は「改善」するのか

時評2014
川島真(中国外交史研究者)

 来るAPECでの日中首脳会談への期待が日本では高まっている。中国側でも夏前には日中関係に関する専門家会合がもたれ、対日関係改善への働きかけが始められていた。また、中国側がかねてから関係改善の切り札として期待していた高村正彦自民党副総裁が五月に訪中し、程永華駐日大使とも深い関係を維持する公明党の太田昭宏国土交通大臣が六月に訪中、次いで七月末に福田康夫元総理が訪中するなど、外務大臣や自民党の閣僚ではない線からのアプローチが続き、その後、外務大臣の会見等へと高められていった。

 他方、昨年十二月の安倍晋三総理の靖国神社参拝後も、日中間では経済面や自治体間交流が活発に行われ、また中国から日本への観光客も激増していた。そして、四月末に日中韓環境大臣会合が韓国の大邱で行われるなど、日中間の閣僚会合が継続していた。経済や環境などの実務面では対話のチャネルは維持されていたのである。

 日本の対中直接投資はここ二年ほど減少傾向が顕著になり、投資先は東南アジアなどに移っている。経済の見通しが厳しい中国側からすれば、たとえ内需拡大など経済の「体質改善」が求められるとはいえ、外国からの投資は是非とも必要な資源である。無論、日本側としても中国市場は依然魅力的で、賃金上昇のために製造業等の対中投資は減少しているとはいえ、小売販売業や金融保険業の対中投資は好調だ。

 それだけに日本の経済界では中国との良好な関係を望み、関係改善の「兆し」に期待する声も多い。だからこそ、この九月に日中経済協会の代表団が訪中した際には、これまで同様に汪洋副首相だけでなく、より上位のリーダーとの会見を求めたとされている。だが、実際には昨年秋同様、汪副首相としか面会できなかった。

 冒頭に述べたように、日中首脳会談の「お膳立て」は整いつつあるように見える。中国の内政面でも七月三十日の中国共産党中央政治局会議において、上半期の経済情勢分析と下半期の経済政策が審議されるなど、経済重視の姿勢が明確に打ち出された。そして、八月二十二日のトウ小平の生誕一一〇周年における習近平の講話や記念日前後のCCTVの宣伝でも、経済を重視したトウ小平路線が大いに讃えられた。経済重視という方向性は、主権や安全保障を重視する保守的な路線とは異なり、対外政策の面での協調路線と繋がることから、日本をはじめとする周辺諸国に対する政策が柔軟になるのではないか、との期待があった。さらに九月三日の抗日戦争勝利記念日に際しての座談会における習近平の発言について、日本のメディアなどでは、習近平が日本との関係改善を示唆した、などと報じられた。

 しかし、九月三日の習の発言の九割以上は歴史をめぐる対日批判であった。九割以上が批判である以上、それは対日批判の文章として見るべきだ。また、確かに現在の中国にとって経済が重要視されつつあるのは確かだが、尖閣諸島や金門島周辺での中国漁船の動きは活発であるし、危機回避への対話は進みつつあるものの、安全保障面で何か顕著な譲歩をしてきたわけでもない。

 こうした意味で、経済重視が対外政策の柔軟化に結びつくかは、まだ未知数だ。対日関係については中国内部でさまざまな「せめぎあい」があるのだろう。すなわち、日中関係は依然、観察期間にある、と見てよいだろう。

 そもそも、日中関係の「改善」を図るとして、果たして「戦略的互恵関係」に戻るのか、新たな関係にリセットするのか、判然としない。尖閣諸島問題にせよ、「原状回復」の「原状」がどこにあるのか、判断が難しい。

 当面は、危機状態の悪化を回避するメカニズムの構築や、経済・環境交流など、今できる交流・対話に注力していくことになるのであろう。
(了)

〔『中央公論』2014年12月号より〕

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