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どこに消えた「政治主導」

臨床政治学 永田町のウラを読む<第41回>
伊藤惇夫(政治アナリスト)

国民が民主党政権に愛想を尽かし始めた。失言、失政のせいだけじゃない。一枚看板だった「政治主導」が、いつのまにか雲散霧消してしまったからではないか

 菅政権に対する国民の失望感に加速度がつき始めた。今や永田町では「いつまで持つのか?」が関心事となりつつある。直接的な要因は外交問題を中心とする「失政」の繰り返しや閣僚たちの「失言・暴言合戦」がある。だが、実はその背景には、それ以上に大きな"真因"が隠れているように思えてならない。おそらくそれは、民主党政権の一枚看板だった「政治主導」が、いつのまにか雲散霧消してしまっていることではないか。政権交代を選択した有権者が最も期待したのは、自公政権下での官僚頼り、官僚主導の政権運営から、全く新しい「政治主導」の政治に切り替わること。それが実現できれば「何かが大きく変わる」という思いだったはず。だが......。

 政権唯一の「好感度番組」である事業仕分けも、官僚機構に鋭いメスを入れ、予算組み替えと無駄の徹底排除で二〇兆円近い財源を捻出するはずが、結局は三兆円に届くかどうか。再仕分けで、各省の政務三役が同じ民主党の「仕分け人」相手に、役所の縄張りを守ろうと奮闘する様は、まさに茶番劇。

 当初から「仕分け対象」といわれていた柳田稔前法相の問題発言も、事の本質は野党が攻め立てているような「国会軽視」ではなく、「(国会答弁は)二つのフレーズを繰り返していればいい」という言葉の裏に、「あとはすべて役人にお任せ」という政治主導放棄の姿勢があり、これが国民の怒りの根底をなしているのではないか。「なーんだ、やっぱり官僚に操られているんじゃないか」というわけだ。

 そういえば、かつて自民党政権下で建設大臣を務めていた某政治家が、東北地方へ出向いて、地元民相手に演説した中で、「必ずここに新幹線を通します。これは国会答弁のようないいかげんな話ではありません」という"名言"をはいたことを思い出す。その意味で、柳田発言は「自民党並み」だともいえる。だが、国民はそうした自民党政治を拒否し、民主党に「脱自民党政治」を期待したからこそ、政権交代を選択し、政治が変化することに大きな期待をかけたはず。「自民党並み」では済まないのである。

 鳩山由紀夫前首相が当初は、政治主導の"目玉"と位置づけたはずの国家戦略室は、いまだに全く機能していない。外交や予算の骨格づくりといった、官僚組織が死守したいと考えている「聖域」ともいえる機能を官邸に集中するという発想は、政治主導を実現する際の重要なポイントだったはずだ。

 菅首相自身、当初は「官僚なんて大バカだ」と威勢がよかったが、財務大臣就任を境に、官僚批判をストップ。人事こそ官僚にとっての"生命線"。政治家が官僚機構をコントロールするための最大の武器は「人事」である。だがこれも、かつては「政権を取ったら局長級以上は全員、一度辞表を出させる」と、大胆にもアメリカの「ポリティカル・アポインティー」システム導入を叫んでいた菅首相だったが、就任以来、人事には指一本、触れようとしない。

 ではなぜ、「政治主導」は挫折したのか。もちろん、未熟な政権側が官僚機構の厚い壁にはね返されたのが最大要因だろう。だいたい、何百人、何千人ものプロ集団を相手に、三、四人の政治家が「政務三役でござい」と乗り込んでも、敵うわけがないことは初めから分かり切っていたこと。ただし、問題は官僚側だけにあるのではない。本来の政治主導とは、政治の側がいかにうまく官僚機構を活用するか、という点が基本のはず。ところが、何を履き違えたか、「官僚は敵で信用できない」という前提で、全てを政務三役で決定していこうとする「政治家主導」を政治主導だと勘違いしてしまったのが民主党。威張り散らすだけの政治家の限界は、初めから見えていた。

 だが、それより何より最大の問題は政権トップにビジョンがないこと。菅首相は就任以来、何か一つでも国家ビジョンなり、自身の政権が目指す目標を提示しただろうか。そもそも「政治主導」は政権の目標を達成するための手段に過ぎない。政権トップが明確な目標を設定し、それを政府に入った政治家全員が共有することなしに政権が官僚機構をコントロールすることなど不可能。各省政務三役が、一致した目標も持たず、バラバラの発想で動いていれば、官僚機構に「分断・操作」されるのは当然。菅首相が明確なビジョンを持たない限り、政権は迷走し続け、政治主導は夢のまた夢に終わるだろう。

(了)

〔『中央公論』2011年1月号より〕