ダメ政治が導く日本のスロー・デス
スロー・デスですら望めない
不況は永遠には続かない。やがて経済が正常な状態に戻った時、日本経済を活性化し、成長率を高めるためには、金融システムの働きが重要である。将来有望な分野、成功の確率の高い投資分野、それらを選別する能力を、民間銀行は永年のビジネス関係や投資のノウハウの蓄積を通じて持っている。これに対して、永年預金を財政投融資による公的セクターへの不透明な支援に回してきた郵貯には、投資選別能力がまだ十分にはない。それゆえ民間銀行に回るべき預金が、郵貯に回るようになれば、資金が回るべきところに回らなくなり、ただでさえ高くない日本の成長率を一層引き下げる危険がある。
おそらく郵貯も、国債だけではなく、一般の投資分野に資金を回すだろう。いや、国債を買っているだけでは、宅配便に市場を奪われた郵政事業の赤字を帳消しにできないので、利益をかさ上げするために預金の一部は「ハイ・リスク、ハイ・リターン」の金融商品に回る危険さえある。しかるに、政府保護によって預金が集まりすぎた銀行が、投資選別能力を持たずに行動するというのは最悪のシナリオだ。ドイツにおいて州の保護下にあるランデス・バンクが、サブプライム証券で大火傷をした構図はまさにそれだった。
景気対策を口実に、長期的な経済のあり方を歪める「改革」が次々と実行される一方で、本当に景気刺激効果の強い、整備新幹線建設や首都高拡充などの公共事業は財源不足で押しのけられている。おそらく民主党政権もこれではまずいと気がついたのだろう。高速道路料金を割引するための財源の一部を活用して、地方の高速道路建設に回すという作戦変更に出ている。
新政権の当初の目算がこれだけ見事に外れ、全面修正を迫られている例も珍しい。ようするに、普天間問題に限らず、全般の政策について政権をとるにしては勉強不足だったわけだが、それには理由がある。昨年三月に英紙『フィナンシャル・タイムズ』に掲載されたコロンビア大学ジェラルド・カーティス教授の論説を読んで驚いたことがある。その時点ですでに、次の総選挙で与党になると見られていた民主党の代議士に何人か質問してみたところ、「景気対策の話は党内ではしていません」という答えが返ってきたというのだ。それも景気対策の話をすると、党内が分裂するからだというのである。
しかるに、政権に就く前に経済政策についての合意ができていなければ、政権に就いた後、緊急な課題が続出する中で合意を作るのは一層困難だ。そうなると経済政策については、ただひとつの基準だけで合意が成立することになる。「選挙に勝てる」という基準だ。「子ども手当」や、「消費税の三年間据え置き」にいかに批判があろうと、結局、民主党はそれを参議院選向けマニフェストに掲載するだろう。選挙に勝ちたいからだ。政策の不勉強も早急に解消するとは思えない。政策を勉強すればするほど党内の不統一が露呈するからだ。こういろいろ考えると、もしかしたら日本の将来は「スロー・デス」というような甘い終わり方にならないかもしれない。
(全文は本誌でお読み下さい)
〔『中央公論』2010年7月号より〕