ゾンビ与謝野と選挙制度

臨床政治学 永田町のウラを読む
伊藤惇夫(政治アナリスト)

今回の内閣改造で、「目玉」でもあり「火種」ともなった与謝野氏の入閣。だが、考えてみると氏は比例での復活当選。自民党だからこそ当選した、いわゆる「ゾンビ」なのだ

 政治の世界に長く身を置いたものの率直な感想からすれば、「わからないでもないなぁ......」である。何のことかというと、先の内閣改造で、「目玉」でもあり「火種」にもなった与謝野馨氏の入閣(経済財政担当)のこと。

 与謝野氏は自民党時代、たびたび入閣したベテラン政治家であり、「政策通」として知られている。与謝野氏に限らず、与党経験(それも重要ポスト)があり、なおかつ政策を重視する政治家には、ある共通した傾向がある。それは、自らが目指す政策を実現するためには与党に身を置くしかない、という思いだ。実際、過去にもそうした思いから野党を飛び出し、政権入りした政治家の例もいくつかある。ただ、大半は失敗に終わっているのが、ちょっと気がかりだが......。

 実際、与党と野党では、それこそ「天国と地獄」ほどの違いがある。与党が会議を開くと関係の役所からは局長クラスが飛んでくる。だが、野党だとせいぜい課長補佐。野党には陳情客も寄り付かないし、マスコミの扱いも与党の五分の一か、下手をすれば一〇分の一に過ぎない。役所に資料請求しても、与党ならその日のうちに一〇センチほどの厚さの書類が届くが、野党だと一週間後に一センチ......。何より、政策実現に関与できるのは、与党だけという現実がある。ねじれ国会では野党もある程度、影響力を発揮できるが、根幹ではなく、「部分」に過ぎない。

 与謝野氏が批判覚悟で入閣したのも、おそらくは財政再建や「税と社会保障の一体改革」を自分の目指す方向で実現したいと考えたからだろうと思いたい。

 ただ、その一方では釈然としない気分が拭い去れないことも事実である。昨年の通常国会で鳩山前首相を「平成の脱税王」と批判したことや、最近、出版した著書で民主党政権を激しく攻撃していたことなどもあるが、何より気になるのは、与謝野氏が自民党によって復活した「ゾンビ」であるという点だ。

 何とも禍々しい言い方だが、「ゾンビ」とは総選挙で比例復活当選した議員を指す「永田町用語(隠語?)」である。周知の事実だが、与謝野氏は二〇〇九年総選挙で東京一区から出馬、海江田万里経産相と争った結果、一四万一七四二票対一三万三〇票で敗れ、比例で復活当選している。比例復活とは全国一一ブロックごとに、各政党の獲得票数に応じて議席数が配分され、名簿順位の上から、同一順位の場合は惜敗率(当選者の得票数に対する落選者の投票数の割合)で当選者が決まっていくシステムだ。

 与謝野氏はその比例復活だから、見方によっては自民党のおかげで当選したともいえる。民主党政権と対峙している自民党が与謝野氏に対し、「議席を返せ」と迫るのも分からないではない。逆にいうと、今回の騒動で明らかになったのが、この比例復活という制度の問題点である。

 現在の衆議院の選挙制度は「小選挙区比例代表並立制」。「並立」とは本来、「並び立つ」ことだから、小選挙区制と比例代表制という二つの違った制度が、それぞれ独立した形で併存していることを意味する。自民党スタッフとして、この選挙制度改革に関与した経験からいうと、当時はそうした解釈だった。

 ところが、気づいてみると、「並立」と言いながら、いつの間にかこの両制度の間に「重複立候補(小選挙区と比例区の両方に立候補できること)」という?橋?が架けられ、その結果、自身が信任を求めて立候補した小選挙区で、有権者から「不信任」を突き付けられた人間が、その有権者の意思に反して、いつの間にか「復活」しているという奇妙な事態が出現している。

 たとえば、〇九年総選挙では比例一八〇議席のうち、比例復活が半分以上の九七人に上った。また、一つの小選挙区で二人が復活し、計三人の衆院議員が存在する選挙区が三つ、小選挙区選挙で二位になった候補者が落選し、三位が復活当選した選挙区が四つあるといった「いびつ」な現象が起きている。

 昨年の参院選挙では、各党が有権者のご機嫌取りのため(?)、競うように国会議員の定数削減を掲げていたが、そんなことよりまず、現行制度のこうした歪みを是正することが先決ではないのか。「与謝野問題」は、改めて現行選挙制度の?欠陥?を浮き彫りにしたといえるだろう。

(了)

〔『中央公論』2011年3月号より〕

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