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怒鳴り、泣くリーダー

臨床政治学 永田町のウラを読む
伊藤惇夫(政治アナリスト)

過剰とも思える厳しい表情で「全身全霊」「国難」と連発し、東電関係者たちを怒鳴りつけ、会見では目を潤ませた菅総理。危機に直面したリーダーがこれで大丈夫なのか

 危機に直面した時のリーダーはいかにあるべきか。今回の東北関東大震災の渦中にあって、そのことが常に脳裏から離れなかった。かつて、政治の世界に足を踏み入れたばかりの頃、あるベテラン政治家から、こんな話を聞かされたことがある。

「政治家、特にリーダーを目指すものに必要なのは『才・魂・胆』だ」

 田中角栄も愛読したという中国の古典『菜根譚』をもじった言葉だろうが、その心は、リーダーとなるべき基本的な「才能」、目標に向かってやり抜く気概、つまり「負けじ魂」、どんな状況に直面しても動じない「胆力」を持っていること、といった意味である。中でも危機に直面した時に問われるのが「胆」の部分だろう。

 さて、ではわが日本国のリーダー・菅直人総理はどうか。こうした状況の中で、誰かを批判したり責任を追及したりすることが時宜にかなっていないことは百も承知だが、敢えて触れてみたい。なぜなら、「まだ今からでも遅くない」し、日本が再び力強く立ち上がるために、「今こそ考えるべき」時だからである。

「菅さんの会見を見るたびに、かえって不安になる」

 そんな声をあちこちで耳にした。大震災発生以来、菅総理は何度も記者会見を開いたが、過剰とも思えるほどの厳しい表情で「全身全霊」 「国難」といった言葉を連発、明らかに自身が精神的に追い詰められていることを国民に「察知」されてしまった。官邸を出入りする姿がテレビでたびたび流されたが、背を丸め、拳を握り締め、腕を短く速いピッチで振って前かがみで歩く様は、「堂々と」という表現からはほど遠い。

 また、地震発生の翌日に、ヘリで現地を視察、その後も何度か現地視察を行おうとしたことや、蓮舫氏を節電担当相に、辻本清美氏をボランティア担当首相補佐官に起用したことなどは「パフォーマンス」と見られてもしかたがない。だが、そうしたことよりも決定的だったのは、このリーダーが「怒鳴り、泣く」ことだ。

 菅総理と接した経験を持つ者にとっては「相変わらず」の印象を持つだけだが、地震発生後、このリーダーは東電関係者や周りのスタッフたちを何度となく怒鳴りつけている。危機的状況の中で、誰よりも冷静、沈着でなければならないのがリーダーである。そのリーダーが感情を爆発させ、周囲に怒鳴り散らしたら、どれほど士気を阻喪させるかは明らかだ。

 また、菅総理は会見の途中などで、何度か目を潤ませるシーンがあった。誰よりも大きな重圧を受けているのがリーダーであることは間違いない。だが、それを表情に出せばどうなるか。国民の不安感が増大するだけだ。どれほど切迫した状況にあっても、リーダーは自信と余裕を示すだけの"演技力"がなければならない。それこそが本当の意味でのパフォーマンスだろう。

 だが、現実問題として、震災の復興は当面、この人物の手に委ねざるを得ない。そうである以上、国民からすれば、本人がこの危機の中で鍛えあげられていき、自身の「問題点」に一刻も早く気付いて修正してくれることを願う以外にない。残念ながら、取り返しのつかない部分もあるが、今からでも決して遅くない。

 その一方、われわれが今こそ考えるべきこと、それはリーダーの育成についてである。以前の自民党には、良し悪しは別にして、派閥という人材教育機関が存在し、その中での激しい競争と派閥間の抗争がリーダー候補たちを鍛えあげる仕組みを自然に作りあげていた。だが、派閥の劣化により、このシステムは崩壊、近年はその時点での世論調査の「人気度」がリーダー選びの基準となり、その結果「落第総理」が続出し、野党に転落した。民主党にはもともとリーダー育成システムがない。日本の政治リーダーの選び方は、むしろ以前よりも退歩しているといってもいいだろう。

 米国大統領は、二年近い激烈な選挙戦の中で鍛えられ、リーダーとしての資質を身につけていく。英国では各政党が若く優秀な人材を、時間をかけて育てあげるシステムを持つ。フランスではグランゼコールと呼ばれる高等専門教育機関がリーダー候補を育てる。日本も本気でリーダーを養成するシステムを構築しなければ、未来は暗い。大きな犠牲の中で、われわれ生き残ったものが、せめてそのくらいのことは学びとらなくては。

(了)

〔『中央公論』2011年5月号より〕