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歴代首相とメディアの関係

時評2011
牧原 出(政治学者)

 野田佳彦首相をテレビで見ていて気づくのは、語りの間合いが絶妙であることだ。ある種の安心感がある。おそらくは毎日辻立ちをしたという経験のたまものだろう。

 かつてテレビで見た細川護煕、小泉純一郎首相は、さっそうとした「カッコイイ」リーダーであった。野田首相の場合、見栄えという点では、彼らの半ばテレビの作り出したイメージとは別物である。街頭の雑踏の視線に揉まれた臨場感。それをテレビは、あるがままに映し出しているのである。

 一九九三年の自民党政権から細川連立内閣への政権交代では、テレビのニュース報道が交代を後押ししたとささやかれた。日本新党や新党さきがけの「新党ブーム」では確かにテレビが大きな役割を果たした。また、小泉フィーバーでも、テレビに瞬間現れる小泉首相を多くの人々が支持した。そこには、すぐれた被写体をよりよく見せるというテレビ独特の手法が寄与したといえるであろう。

 だが、安倍晋三首相以後、テレビは必ずしも首相を魅力的には映し出してこなかった。特にテレビが首相たちをこきおろすように映したわけではない。テレビに映る細川、小泉が、その実像から何か余計なものをはぎとり、きれいに整形されたかのように登場していたのに対して、安倍以後の歴代首相は、実像のままテレビに登場したのである。

 このようなテレポリティクスの劇的な変化には、インターネットが大きな影響を与えているというべきだろう。ちょうど小泉内閣の時代が画期である。小泉内閣のもとで、e-Japan計画が実施され、光回線の普及や政府ホームページの充実など、インターネットを本格的に利用するためのインフラが整備されていった。

 パソコンのOSや、インターネット事業の開始、主要なツールの発売などを、政権の成立年とあわせてプロットしてみると、次のような表になる。村山富市内閣時代にウィンドウズ95が販売され、その普及とあわせて、インターネットがブームとなる。また情報公開の流れを受けて、政権は政府審議会等の議事録の公開を進める。インターネットで豊富な政策情報を入手する時代の幕開けである。

 だが、豊富な情報を大量かつ瞬間に入手するには、ブロードバンドの普及が不可欠である。小泉内閣の成立後、ヤフーBBがサービスを開始し、光回線も整備される。OSも扱いやすいウィンドウズXPが登場する。動画やブログ、ツイッターといったサービスはこの上で展開された。安倍首相の国会演説は動画サイトで全編を繰り返して確認できた。二〇〇九年の総選挙で、民主と自民のマニフェストは、いとも簡単にインターネットでダウンロードし見比べることができた。尖閣諸島の中国漁船の動きも、動画サイトで全国に広まった。行政刷新会議の事業仕分けは、ツイッターで同時中継され、鳩山内閣の施策の中では、もっとも評価の高いものとなった。小泉以後の政治の転換はインターネットを無視できない。テレビは、政治映像を独占的に報道するメディアではなくなった。

 二〇〇一年は、インターネット政治元年であり、旧来のテレポリティクスの終焉の始まりでもあった。小泉首相は、自民党を「ぶっ壊し」ながら、与党として使い続けた。そして、テレビで支持を集めながら、テレポリティクスを「ぶっ壊し」たのである。

 だが、インターネットの時代では、個人の総合的な力量が透けて見える。ハイビジョンで風貌をあますところなく映し出すテレビは、政治リーダーの力量をそのままに伝える。もはや大多数の国民が特定の政治家に熱狂するとは、考えにくい。ここに政治がより成熟に向かう契機がある。と同時に、新しい政治も、インターネットとテレビとを併用した、メディアミックスの政治になっていくだろう。

 振り返れば、小泉首相は、テレビで熱狂的に支持を集めたが、自身首相としてはじめてメールマガジンを発信し、経済財政諮問会議はネットによる議事録公開の効果を最大限に活用した。小沢一郎元民主党代表は、ネット番組に出演した。だが本格的なメディアミックスの登場はまだ先のことだろう。それは新しい政治の誕生となるのだろうか。

(了)

〔『中央公論』2011年11月号より〕