消費税政局で問われる輿石氏の「地力」

永田町政態学 第三回

 大型連休が明け、消費税率引き上げ関連法案の審議がいよいよ本格化する。民主党内では、今国会成立に「政治生命をかける」と意気込む野田首相と、徹底抗戦の構えを強める小沢一郎元代表との対立が深まり、党分裂を危惧する声が消えない。そうした中で、双方に近い輿石幹事長(七十五歳)の「力量」が厳しく問われそうだ。

「党内を一致結束まとめていくのが私の最大の任務で、汗をかいていきたい」

 消費増税法案の国会提出に反発し、小沢グループ議員に離党や党役職辞表提出といった動きが出るたびに、輿石氏はこう繰り返す。

 民主党は様々な政党出身者の寄り合い所帯である上、最近の国政選挙で当選したばかりの若手が多く、党への帰属意識が薄い。与党でありながら好き勝手な発言が多いのもその辺りに一因がある。これに対し、労働組合(日本教職員組合)出身で「生粋の組織人」の輿石氏は「党内結束」を重んじる数少ない存在だ。

 輿石氏がそれほどまで結束にこだわるのは、自身の権力の源泉となってきたからでもある。

 輿石氏は山梨県教組委員長などを経て、一九九〇年の衆院選に社会党から出馬して初当選した。二期務めた後に落選したが九八年の参院選で当選し、現在三期目だ。野党時代はそれほど注目される存在ではなかったが、参院幹事長、議員会長を務め、同じ労組出身者を中心に参院民主党をまとめ上げていた。

 これが功を奏し、二〇〇七年の参院選で民主党が大勝して参院第一党の座を勝ち取ると、輿石氏は一躍、「参院のドン」にのし上がった。野党が過半数を制した参院では、野党であっても参院第一党が強い影響力を持ったことで、参院民主党を率いる輿石氏に権限が集中したのだ。当時の小沢代表が輿石氏に全幅の信頼を寄せたことも、大きな後押しとなった。

 さらに、一一年九月の野田政権発足で、野田首相は輿石氏を政権与党の幹事長に抜擢した。参院からの起用は異例で、影響力が衆院にも及ぶこととなった。国会内で大勢の番記者を引き連れ、うれしそうに闊歩する輿石氏の表情に「我が世の春を謳歌している」と感じた同僚議員は少なくない。

 一方で、輿石氏の力量を疑問視する声もある。与党の幹事長といえば、自民党と民主党で歴任した小沢元代表や自民党の野中広務氏のような「剛腕」の持ち主か、自民党の竹下登氏のように根回しを得意とする「調整型」が思い浮かぶ。自民党の武部勤氏が「偉大なるイエスマン」として、小泉首相の意向を愚直に実現しようとしたことも記憶に新しい。

 しかし、輿石氏は明確にどのタイプにも当てはまらない。「調整型」と見えなくもないが、消費増税法案などを巡る党内の混迷で取りまとめに貢献した形跡は見えない。国会対応や衆院選挙制度改革などを巡る野党との折衝でも、自民党などからは「輿石さんが何を考えているかさっぱり分からない」との不満が出され、信頼関係構築にはほど遠い状況だ。参院で一川保夫防衛相らの問責決議が可決された後、「無視すればいい」と強気を見せながらも結局は阻止できなかった。特に衆院には自身の「威光」が浸透していないのが実情で、最近でもしばしば「何か事が起きた時に支え合う文化がないのが、民主党の欠点だ」と党の現状への不満を側近たちにぶちまける。

「一教師から幹事長に上り詰めたものの、閣僚経験もなく、本人が今の地位に一番戸惑っているのではないか。こわもてに見えても小心者だ」との評も党内にはある。

 さて、消費増税法案に話を戻すと、輿石氏は首相、小沢元代表双方の顔を立てる形で収めたいと頭を悩ます。党勢が厳しい中、早期衆院選の回避も「至上命令」だ。

 だが、首相の意をくんで法案採決に持ち込めば、小沢グループは反発し、反対票を投じるなどして混乱することがあり得る。逆に、元代表に配慮して採決を先送りし、次期国会への継続審議にすれば、首相が反発して衆院解散に打って出ることも予想される。いずれの事態も党存亡の危機につながる恐れがあり、そうなれば輿石氏の権力の源泉は揺らぐ。次期参院議長との呼び声も高いが、それも露と消える。

 党内では「幹事長は煮え切らない」との不満も募り始めている。起死回生策を見いだせるのか。二〇年を超える輿石氏の政治生活で最大の正念場が迫っている。(留)

〔『中央公論』2012年6月号より〕

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