「安倍降ろし」の悪夢を乗り越えられるか

永田町政態学

 衆院選投票前日の昨年十二月十五日夜、自民党の麻生太郎元首相の携帯電話が鳴った。河村建夫選対局長からだった。麻生氏は、二〇〇九年衆院選で自民党を惨敗に導いた「戦犯」。当時、麻生氏を官房長官として支えたのが河村氏だ。

 投票前でも、自民党の圧勝は見えていた。「我が党も、よくここまで取り戻しましたね」と、勝利を確信して感慨深げに語る河村氏に、麻生氏は冷めた口調で語った。
「大勝した、という熱気はないな。気をつけないと、安倍(総裁)は参院選で転ぶぞ」

 衆院選は、開票の結果、自民党が二九四議席を獲得。公明党と合わせると、法案が参院で否決されても、衆院で再可決できる三分の二議席を上回る三二五議席となった。安倍総裁は、吉田茂氏以来の首相再登板を決めた。

 ただ、安倍氏は、衆院選圧勝を「民主党の三年間の混乱に対する声だ。自民党に対する厳しい目は続いている」と、謙虚に分析している。開票日の当選者名簿への「花付け」でも、なかなか笑顔を見せようとしなかった。

 自民党は、小泉首相の下で圧勝した〇五年の「郵政選挙」で、比例選で七七議席を獲得した。民主党に惨敗した〇九年の政権交代選挙では五五議席。今回は、郵政選挙に迫る圧勝だったが、比例議席は五七にとどまった。

 小選挙区で、日本維新の会や日本未来の党など「第三極」政党が乱立したおかげで、自民党が「漁夫の利」を得たのは誰の目にも明らかだ。安倍氏らに「浮かれ気分」がみられないのは、「党勢は回復していない」(選対関係者)と自覚しているためだ。

 自公両党は、参院では一〇二議席の勢力しかなく、過半数(欠員六のため一一八議席)を下回る。今夏の参院選で、自公が過半数を制すれば、安倍政権は長期政権の芽も出てくる。維新の会などと協力し、参院でも三分の二に届くなら、党是である憲法改正に本腰を入れることも可能だ。安倍氏が今夏の参院選を「決勝戦」と位置づけるのには、こうした理由がある。

 ただ、麻生氏の言う通り、参院選に向かう安倍氏には不安がつきまとう。

 安倍氏は野党総裁時代、人事で多くの手形を切った。昨年の総裁選では、谷垣禎一前総裁のグループの支援を得るため、「政権復帰時には、複数の中堅議員を入閣させる」との約束を安倍氏側近がとり交わした。安倍氏が、ある衆院議員の会合で「重要閣僚をやってもらう」と明言したこともある。安倍氏側近は「とてもじゃないが、すべての手形は落とせない」と語る。

 安倍氏は、〇六年に首相に就任した際、親しい人物を重用したため、安倍内閣は「お友達内閣」とやゆされた。今回の人事では、決して親しいとは言えない石破幹事長を留任させるなど、批判回避に腐心している。だが、「悪い癖は治っていない」との見方もある。自民党の若手議員が昨年末、高村正彦副総裁をトップとする「外交検討本部」をつくろうとしたところ、安倍氏は、「お友達」の筆頭で、第一次安倍内閣で官房長官を務めた塩崎恭久氏や、安倍氏に近い衛藤晟一参院議員を加えるよう指示し、若手議員をあきれさせた。

 一方、留任を決めた石破氏は、「ポスト安倍」の動きを強めているとされる。衆院選では、候補者の街宣車に乗り、自らの名前を連呼する場面が何度もあった。総裁選の決選投票に地方の票が反映する党改革案もあたためている。石破氏は昨年の総裁選で、党員投票で安倍氏を破ったが、過半数に届かず、国会議員だけの決選投票で敗れた経緯がある。安倍氏は気が抜けない。

 安倍氏は、〇七年の参院選で敗れ、党内で「安倍降ろし」にあった。精神的な疲弊の上に、体調も崩し、退陣に追い込まれた。参院選に対するトラウマは大きい。

 自民党の今夏の参院選対策は遅れている。公認が決まっているのは選挙区を中心に十数人だけ。三年間の野党生活で、推薦してくれる支持団体が少なかったため、比例候補が決められなかったという事情もある。与党になった自民党は今、業界団体への推薦要請を急いでいる。

 東京・平河町の自民党本部の事務局長室には、「衆院選まであと○日」と書いた掛け看板があった。事務局幹部は、開票日の十二月十六日、参院選を任期満了の七月二十八日と想定し、「参院選まであと二二四日」と書き換えた。トラウマの払拭に向けた戦いが始まっている。(宏)
(了)

〔『中央公論』2013年2月号より〕

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