鈴木大介 ルポ リベラルな僕、農村の自治会長になる

鈴木大介(ルポライター)
千葉の谷津田景観(著者撮影)
(『中央公論』2025年6月号より抜粋)

 51歳、ずっとリベラル、左寄りだと思っていた自分の中に、にわかに保守主義的な思想が萌芽しつつある。「右傾化したのか?」と問われれば決してそうとは言い切れないのだが、自分の中にある思想的な軸は明確にズレた。契機となったのは本年度(令和6年度3月現在)、自身の居住する農村集落の自治会長を1年担わせてもらったことだ。


 3月初旬の日曜日、地元の谷津田(やつだ)沿いを、古くてオンボロなオフロードバイクで巡る。谷津田とは細い河川の左右を雑木の傾斜林が囲み、その間の谷地に水田が開墾された、北総(千葉県北部)に特徴的な里山景観を言う。河川に沿って曲がりくねる傾斜林沿いの道は先が見通せず、歩くと目の前に開ける景色が次々に変化し展開していく。実に味わい深く、妙に小さな冒険心を刺激される景観だ。

 もう1ヵ月と少しすれば、水田には平らかに水が張られて青空を映し、取り巻く新緑の傾斜林を山桜や山藤が彩る。まだ沈丁花(じんちょうげ)のつぼみも硬かろうに、明らかに風の中に2月とは違う香りが混じる。一息で目が覚めるようなその風を胸いっぱいに吸いながらバイクを道端に停め、巨大な農家の門をくぐっては、古びたポストに封筒を投函して回った。

 封筒の中には、集落の自治会における議決組織である評議委員に対する、本年度最後の招集依頼。最後の投函を終えてしみじみしたのは、まさか自分のような人間が自治会長を担うことになるとは思わんかったなあという、深々とした感慨だった。

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