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東西冷戦が深刻化する維新の会

永田町政態学

 東西冷戦が激しさを増している。

 もちろん米国と旧ソ連が繰り広げた冷戦ではない。野党第二党として存在感を増す日本維新の会の話だ。

 維新の会は、初の国政選挙となった先の衆院選で、野党第一党の民主党に三議席差に迫る五四議席を獲得した。

「予想を上回る成果を上げた」

 維新の会の石原慎太郎共同代表は満足げだ。

 だが、党内の現状をみれば、東京と大阪の確執による「東西分断」は無視できなくなっている。「東京側」は、石原氏(前東京都知事)が代表だった旧「太陽の党」の議員を指し、「大阪側」は橋下徹共同代表(大阪市長)や松井一郎幹事長(大阪府知事)らが率いてきた旧「維新の会」のことだ。維新の会は、東京と大阪が合併してできた寄り合い所帯といえる。

 そんな中で生まれた東西対立の火種の一つが「カネ」の問題だ。国から衆参両院の会派に議員一人当たり月六五万円が支給される「立法事務費」は、領収書のいらない使い勝手のいい資金である。維新の会には衆参合わせて月三七〇〇万円余りが支給される計算だ。

 このカネを、大阪側の議員たちは党で使う資金にする考えだった。ところが、旧太陽の党の議員を中心とした「国会議員団」(平沼赳夫代表)が使うことで押し切った。

 そもそも、維新の会の組織図では、国会議員団といえども、大阪府議団や大阪市議団と対等の位置にある。大阪側とすれば、国会議員団だけを優遇する理由はなく、「とっとと分党すればいい」との不満が募る。国会議員団には「国会活動を担うのは我々だ」との思いがある。

 二つ目が、三月に大阪での開催が固まった第一回党大会「結党大会」だ。当初、東京での開催を求める声もあったが、大阪側から「第一回だから、大阪だ」との声が相次いだという。ただ、五月にも東京都内で「決起集会」を開く案が浮上している。夏の東京都議選を前に結束をアピールする狙いがあるが、「東京と大阪でバランスを取ったのではないか」との見方が専らだ。

 三つ目に、党運営のちぐはぐさも目立つ。一月十日、解党問題で揺れる国民新党は、自見庄三郎代表の指示で、唐突に維新の会から参院での統一会派の申し入れがあったと報道各社への一斉メールで発表した。だが、橋下氏は即座に「全然知りません」と否定。旧太陽系の片山虎之助国会議員団政調会長が大阪側の了承なしに、自見氏に口頭で打診していたというのが、ことの真相だった。

 維新の会の東西を結びつける唯一の「接着剤」は、石原氏と橋下氏という二人の共同代表の信頼関係だ。石原氏は、橋下氏を「平成の牛若丸(源義経)」と持ち上げ、自らを命懸けで守った「弁慶」と位置づける。橋下氏もかねがね、「石原氏は大東京をひっぱってきた」と敬意を表する。

 ただ、二人の蜜月がいつまで続くのか、それはだれにもわからない。脱原発を「一種
の願望」と言い切る石原氏と、かつて原発再稼働に反対してきた橋下氏では、政策の根幹が異なるからだ。

 よくよくみれば、維新の会には民主党との類似点が多い。一九九六年に結成された民主党の前身・旧民主党は、鳩山由紀夫、菅直人両氏の共同代表制を採用し、さきがけや旧社会党などの出身議員をなんとかまとめた。二〇〇三年には、民主党も立法事務費をめぐって党内がぎくしゃくした。この時は、衆院側が全額を党に納めたが、参院民主党は拒否。当時の岡田克也幹事長は参院民主党が独自に使うことを認めざるを得なかった。民主党には常に「党内がバラバラ」との批判がつきまとう。

 大阪では今、現行制度では実現しない橋下氏の夏の参院選への出馬待望論が熱を帯びている。維新の会の党勢拡大につながるだけでなく、「橋下氏が国会議員になれば、旧太陽の党系中心の東京側をおさえられる」との期待があるためだ。

 橋下氏は、「国会議員と首長の兼職」を認めるよう求めているが、自民党は制度見直しに慎重だ。橋下氏が出馬するには、大阪市長を任期途中で辞職する以外にない。

「参院選まではおとなしくする」

 東京側関係者からは、参院選後の離党を示唆する声も漏れ始めている。知名度の高い橋下氏らのもとで参院選を戦い、一定の議席を確保すれば、別の党との連携も模索できる。橋下氏が参院選出馬に踏み切るかどうかは、維新の会の命運を分ける節目となりそうだ。(司)
(了)

〔『中央公論』2013年3月号より〕