安倍首相に求められる 俳優並みの自己演出

時評2013
村田晃嗣

 去る二月二十二日にワシントンで、安倍晋三首相はオバマ大統領と初の日米首脳会談に臨んだ。

 まず、タイミングがプラスに働いた。当初、安倍首相は一月早々の訪米を希望していたようだが、この時期になったことで、日米両国が東アジアの厳しい安全保障環境について認識を一致させ、協力を約束する必要性が一層高まった。この間に、中国艦船が海上自衛隊の護衛艦にレーダー照射した事件や北朝鮮の核実験が重なったからである。

 大統領就任以来、オバマ氏が対面する日本の首相は安倍氏で五人目である。過去四人の首相は、いずれも一年ほどで退任している。実務的なオバマ大統領が再登板した首相に、「今度は本物か」という不審の目を向けたとしても、不思議ではない。しかも、オバマ氏はリベラルな政治家であり、黒人として初めて大統領になった。他方、安倍氏は保守派のホープであり、典型的な世襲政治家である。二人の個人的な相性が、小泉元首相とブッシュ前大統領ほどよいとも思えない(この二人はともに世襲政治家)。

 それでも、オバマ政権は安倍内閣に賭けたと言えよう。懸案の環太平洋経済連携協定(TPP)交渉で、「すべての品目が交渉の対象とされる」としながらも、すべての品目の関税撤廃が前提ではないとの方針を確認し、自民党の選挙公約に配慮したからである。これを受けて、安倍首相は三月中にもTPP交渉に参加表明するという。年内のTPP交渉妥結を前提にすれば、実はこれがほぼぎりぎりのタイミングであった。この点でも、今回の首脳会談はタイミングがよかった。

 先述の東アジアの安全保障環境の他に、日本国内で安倍内閣が安定しており、七月の参議院選挙を乗り越えられる公算が高いこと、そして、アベノミクスの好調なども、ワシントンの評価に影響していよう。実際、次の参議院選挙で過去六年に及ぶ「ねじれ国会」が解消できれば、衆議院で圧倒的多数を擁する安倍内閣には、四年の長期政権の可能性が視野に入ってくる。この「ねじれ国会」状態を生んだのは前回の安倍内閣であり、首相にとって、この解消は悲願でもあろう。

 だが、課題は山積である。

 まず、TPPの交渉参加に向けて、国内の利害調整を急がなければならない。農協の政治的影響力は往時に比べれば大幅に後退しているし、自由化で最も大きな打撃を蒙るであろう酪農には、とりわけ手厚い補助金が配されるであろう。それでも、一人区で勝てなければ、次の参議院選挙で「ねじれ国会」を解消することはできない。そして、「ねじれ国会」解消に失敗すれば、安倍内閣が短命に終わる可能性が高まる。

 また、東アジアの厳しい安全保障環境を乗り切るためには、日本と近隣諸国との関係改善が必要である。韓国の朴槿惠新政権と良好な関係を再構築できるかどうかは、日韓両国にとって死活的に重要である。安倍氏には保守派、さらにはタカ派というイメージがつきまとう。警戒感が強いだけに、安倍氏が無理をしなければ、強い自制、大きな譲歩と映り、逆に無理をすれば、過剰に反発されるかもしれない。つまり、不作為も作為も過大評価されがちなのである。首相として、自らのイメージを巧みにコントロールすることが必要である。七月の参議院選挙で勝利を収めたのちも、このイメージ・コントロールに一層配慮しなければならない。

 目下のところ、アベノミクスは好調である。だが、財政出動、金融緩和と並ぶ「三本目の矢」、つまり、成長戦略はまだ描けていない。にもかかわらず好調であるということは、期待感がかなり先行していよう。その分、経済が失速した際の反動も大きい。また、普天間基地移設問題も、名護市長選挙と沖縄県知事選挙という来年の選挙結果に負うところが大きい。とすれば、この両分野でも、期待をいかに管理できるかが重要になってくる。

 安倍首相は危機管理を強く標榜している。もっともなことである。だが、東アジアの厳しい安全保障環境の下で、長期的・安定的で多角的な戦略外交を展開するには、政治的タイミングの管理と、さらにはイメージ管理、そして期待管理(イクスペクテーション・コントロール)も不可欠である。

 アカデミー賞の華やかな授賞式には、次々にセレブな俳優たちが登場した。いまや政治指導者にも、セレブ俳優並みの自己管理とプロモーションが求められている。
(了)

〔『中央公論』2013年4月号より〕

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