黒田新総裁でついに否定された日銀理論

アベノミクスにおける日銀の役割
原田泰(早稲田大学教授・東京財団上席研究員)

 安倍政権の経済政策(アベノミクス)は、大胆な金融緩和、機動的な財政政策、民間投資を呼び込む成長戦略という「三本の矢」からなる。「第一の矢」の大胆な金融緩和だけで、円安と企業の収益改善を見込んだ株価上昇が起き、日本経済の明るい展望が見えてきた。私は、「第一の矢」だけで十分で、「第二の矢」は放つべきではないと考えている。また、「第三の矢」が、規制緩和、民営化、市場開放、減税であればよいが、逆効果をもたらす可能性もある。ただし、安倍総理が指導力を発揮してTPP(環太平洋経済連携協定)への交渉参加を表明したことは素晴らしい成長戦略の一つである。

 しかし、日本がデフレを脱却するには、「第一の矢」の金融政策だけでは不十分で、第二、第三の矢が必要であり、二%の物価上昇率を達成するには、日銀と政府の一体となった協力が必須という謬説が絶えない。

 以下、アベノミクスの「三本の矢」のなかで日銀がどのような役割を果たすのか、金融緩和を進めることによってどのような効果が得られるのか、金融政策以外に安倍政権は何をなすべきかについて私の考えを述べる。

なぜ大胆な金融緩和が必要なのか

 金融緩和が必要なのは、日本銀行の誤った金融理論に基づく誤った金融引き締め政策によってデフレが引き起こされ、日本経済を停滞させてきたからである。いくら金融緩和でマネタリーベースを増やしても実体経済には波及しないし、マネタリーベースが中央銀行に積みあがっても、銀行が貸出を増やさない限り、経済は活性化されないというのが日銀の金融理論である。

 しかし、昨年十二月の安倍政権の登場以来、金融緩和策によって、為替が下落し、株価が上昇している。為替が下がるのは、為替レートが通貨と通貨の交換比率であるからだ。二〇〇八年秋のリーマン・ショック以来、アメリカ、イギリス、ヨーロッパ中央銀行、韓国などが、マネタリーベースを一・五倍から三倍に増加させてきたにもかかわらず、日銀はほとんど伸ばしていなかった。その結果、通貨の供給量を伸ばした国の通貨が下落し、伸ばしていない日本の通貨が上昇していた。

 ところが、アベノミクスによって、日銀がマネタリーベースを伸ばし、かつ将来も伸ばすだろうという期待が生まれ、円安になった。新しく、筋金入りのリフレ論者である黒田東彦日銀総裁、岩田規久男副総裁が指名され、本誌の発売されるころには、すでに大胆な金融緩和が実施されているだろう。

〔『中央公論』2013年5月号より〕

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