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岸、中曽根路線を踏襲した意味

時評2013
村田晃嗣

 入学式を待たずに、桜が満開となった。一年で最も清々しいこの時期に、安倍晋三内閣は発足から一〇〇日を迎えた。アメリカなら大統領と議会のハネムーン期間(新任の大統領に議会が配慮する期間)が終わる頃である。この間、アルジェリアでの不幸な事件で中断されたものの、安倍外交は東南アジアを最初の外遊先に選び、二月下旬の日米首脳会談も成功させた。アベノミクスは好調であり、内閣支持率も高いまま推移している。様々な批判や不安はありえようが、まずは「論より証拠」であり、安倍氏にとっては「わが世の春」かもしれない。

 安倍氏が手本とするのは祖父・岸信介元首相である。岸首相も最初の一〇〇日までに東南アジア諸国を歴訪し、その後のアイゼンハワー大統領との日米首脳会談で日米安全保障条約改定に着手した。安倍氏の父・晋太郎氏が外相を務めたのが、中曽根康弘内閣である。中曽根首相も最初の一〇〇日間で、韓国を電撃訪問した後に日米首脳会談に臨み、レーガン大統領と「ロン・ヤス」関係を築いた。ただし、当時の中曽根首相は、田中角栄元首相のロッキード裁判という難題を内政に抱えていた。安倍氏が官房副長官と官房長官を務めたのが、小泉純一郎内閣である。「自民党をぶっ壊す」という過激なスローガンが人気を博して、政権発足から一〇〇日ほど経った時期の参議院選挙で圧勝している。中曽根内閣も小泉内閣も五年に及ぶ長期政権となった。

 このように比べてみると、アジア外交を成功させて日米関係を強化するという定石を、安倍氏は岸、中曽根両首相から的確に踏襲していることがわかる。内政では「ねじれ国会」を抱えているものの、これは今から一〇〇日ほど先の七月の参議院選挙で解消できる可能性が高い。そうなれば、四年の長期政権が視野に入ってくる。ただし、岸首相はその後の安保改定交渉に数年を要した(外交よりも国内調整が難問であった)。また、小泉氏は参議院選挙で勝利した後に、靖国神社に参拝して近隣諸国との関係を悪化させた。安倍氏も今後、環太平洋経済連携協定(TPP)や普天間基地移設問題で、慎重に国内調整に当たらなければならない。参議院選挙後に歴史問題などで挑発的にならないことも、今後の課題である。

 もしかすると、安倍内閣には「寛容と忍耐」というキャッチフレーズが似合うのかもしれない。もちろん、これは池田勇人内閣のキャッチフレーズである。池田も個人的には核武装に言及するなど、なかなかのナショナリストであったようだが、自我を抑えて経済外交を進め、「世界第二の経済大国」の基を築いた。

 安倍内閣が直面する日米関係は普天間基地に尽きないし、日中関係は尖閣諸島問題だけではない。日韓関係も竹島と従軍慰安婦に終始するわけではなく、日ロ関係も北方領土問題以外にも視野を広げなければならない。こうした重要な二国間関係をシングル・イシューから解き放って豊かなものにし、さらに二国間関係を多国間関係に立体化させるには、想像力や決断力と並んで「寛容と忍耐」を忘れてはならない。

 岸首相はアイゼンハワー政権、中曽根首相はレーガン政権、小泉首相はブッシュ政権と、安倍氏所縁の内閣はいずれも共和党のアメリカと付き合ってきた。「寛容と忍耐」を説いた池田首相が向き合ったのは民主党のケネディ政権であり、安倍氏がパートナーとするのは、「ブラック・ケネディ」こと民主党のオバマ政権である。共和党は親日的で民主党は親中的だなどという俗説に根拠はない。ここは日米関係のパイプとネットワークを拡大強化する正念場でもある。

 しかし、その安倍内閣を支える自民党は、岸や池田の時代は言うに及ばず、中曽根、さらには小泉時代の自民党とも大きく異なる。かつての自民党政治を支えたベテラン議員の多くは二〇〇九年に落選し、あるいは、二〇一二年に引退して選挙区を子息や秘書に譲った。今や自民党所属の国会議員は四〇〇人近いが、その三分の一ほどは新人議員である。自民党の今日の事態は、二〇〇九年に政権奪取した民主党のそれと大きく異ならないかもしれない。

 民主党も社会党化、つまり、万年野党化の誘惑を克服しなければならない。第三極はそれぞれの立場に特徴が見出しにくく、多党化したわりには多様化していない。春爛漫とは言えない日本政治の現実がここにある。


(了)

〔『中央公論』2013年5月号より〕