海江田民主「分水嶺」の一年 労組依存が招く「闇」

永田町政態学

 衆院選に続き、参院選にも惨敗を喫した民主党内で執行部への不満が渦巻いている。八月二十二日に党本部で開かれた全国幹事長会議では、けじめとして、代表選の実施を求める声が噴出した。しかし、海江田代表は「本当に今、やらなきゃいけないことがある。引き続きやらせていただきたい」と訴え、代表選の実施要求をきっぱり拒否した。

 会議後、海江田氏は記者団に、「来春は、二〇一五年の統一地方選の一年前だ。(統一地方選の)公認候補をしっかりそろえ、勝利に向かっての態勢を整える」と語り、次の政治決戦となる統一地方選に向けて、現執行部で準備を進めていく考えを強調した。

 参院選後、安倍首相は「黄金の三年間」を手に入れたと言われている。最大で三年間は国政選挙のことを考えず、政策に専念できるからだ。首相の黄金の時間は、党崩壊の危機に直面する民主党にとって、党再生ができるかどうかの貴重な時間とも言える。その最初の一年間を海江田氏は自らの手で乗り切っていくと宣言している。

 参院選で民主党は、結党以来最低の一七議席にとどまる惨敗。六月の東京都議選も、改選前の第一党から共産党を下回る第四党に転落した。連戦連敗でも、海江田氏は参院選後、早々に「続投宣言」し、「刀折れ矢尽きたとき(代表を辞める)という発言は覚えているが、刀折れ矢尽きてはいない」と言い切った。

 海江田氏といえば、菅政権の経済産業相時代に、手のひらに「忍」の字を書いて国会答弁に臨んだり、委員会で自民党議員に閣僚としての進退を繰り返し問われ、「自分はどうなってもいい」と涙ぐんだりした場面が話題になった。参院選直前には、民主党公認で東京選挙区から出馬予定だった大河原雅子氏の決起集会で支持を訴えた翌日に、細野幹事長(当時)らが主張する大河原氏の党公認取り消しを受け入れた。

 感傷的で、党内の意見に流されやすい──。そんなこれまでのイメージを覆すかのように、参院選後の海江田氏は強気だ。執行部には、「党が小規模になって代表選をやる余力もない。海江田氏は代表として泥をかぶるつもりだ」と擁護する声もある。

 海江田氏のライバル不在も影響している。海江田氏とは距離がある野田佳彦前首相、前原誠司前国家戦略相、玄葉光一郎前外相ら「六人衆」と呼ばれる保守系有力議員も現時点では代表辞任要求から距離を置いている。「海江田降ろし」の声が、党内の多数派になりにくい状況だ。

 海江田氏は、細野氏の後任の幹事長人事では、「一番信頼する相談相手」(周辺)である大畠章宏代表代行の起用を決めた。七月二十六日の党常任幹事会で「人事の選定過程が不透明だ」との異論も出たが、譲らなかった。常任幹事会の前日、海江田氏と輿石東参院議員会長(当時)が会談し、ひそかに幹事長人事を協議したとされる。

 大畠氏は、旧社会党に所属していた民間労組出身者。海江田氏の背後に、常にちらつく実力者の輿石氏も旧社会党出身で、日本教職員組合(日教組)の全面支援を受ける。参院副議長に選出された輿石氏の後任の参院議員会長には、輿石氏が後押しした郡司彰前農相が就いた。郡司氏も農業関連の労組出身だ。

 周りを労組出身者で固め、海江田氏は「労組依存」というレールをひた走っている。労組との関係強化を推し進め、統一地方選を「労組票」で乗り切り、地方組織を一定程度維持することで、次期衆院選や参院選に備える──。海江田氏はそんなシナリオを描いているとの観測もある。

 海江田氏の路線では、民主党の労組依存を批判してきた日本維新の会などとの野党再編は遠のきそうだ。野党再編に前向きな議員の間では、旧社会党への「先祖返り」をほうふつとさせる労組依存では、国民の支持は集まらないという悲観論も根強い。

 チョウの幼虫は、さなぎの中で自らの体をどろどろに溶かし、チョウへと生まれ変わるという。海江田氏は産みの苦しみを避け、幼虫へと時計の針を逆回しすることで党の安定を図ろうとしているようだ。

 労組回帰を強める民主党の一年間は、党再生への「夜明けの一年」となるだろうか。それとも、党崩壊という「暗闇」につながる「たそがれの一年」となるのか。海江田氏の下、闇は次第に深まっているようにも見える。
(司)

〔『中央公論』2013年10月号より〕

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