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政治力の行使で企業は変わるか

尾畠未輝(三菱UFJリサーチ&コンサルティング調査部研究員)

 アベノミクスの始動から約一年が経った今も、安倍政権が目指す「デフレ脱却と持続的な経済成長」の要である賃金の上昇は道半ばである。賃金が上がるには、景気の回復を背景に企業収益が継続して増加し、労働市場が引き締まることが欠かせない。最近では条件が整い始めたようにもみえる中、一部の大手企業の経営者からは賃上げに前向きな発言も出始めているが、果たして長い不況に苦しんできた多くの企業が賃上げに踏み切り、多くの国民に「幸せ」が訪れるのか。本稿では賃金の現状を分析し、今後を展望したい。

企業収益は改善

 二〇一二年末の安倍政権発足以降、アベノミクスへの期待が高まり、金融市場では円安・株高が進んで、同時に実体経済も持ち直してきた。一四年四月の消費税率引き上げが正式に決定されたことによって、一三年度末にかけては駆け込み需要が発生し、一時的に景気はさらに盛り上がる可能性がある。

 日本銀行の「全国企業短期経済観測調査(短観)」(九月調査)によると、一三年度は大企業では製造業、非製造業とも増収増益が見込まれている。とくに、輸出型の企業では円安の進行を受けて経常利益が大幅に増加する見込みである。一方、中小企業では、今年度は増収増益が見込まれているものの、大企業と比べると収益の改善は遅れている。財務省の「法人企業統計」によると、中小企業の一三年四〜六月期の経常利益は前年の水準を下回っており、円安がむしろコストの増加に繋がるなど収益環境は依然として厳しい。

 一方、雇用環境は景気の持ち直しを受けて改善傾向が続いている。失業率はならしてみると低下傾向にあり、求人倍率も引き続き上昇している。日銀短観(九月調査)では、雇用が「過剰」と答えた企業の割合から「不足」と答えた企業の割合を引いた雇用判断DIが、全規模・全産業で3四半期続けてマイナスとなり、先行きもさらに不足感が強まる見込みだ。

 その中で、業績が好調な大企業・製造業では雇用判断DIがプラス四と過剰感が残り、逆に収益環境の厳しい中小企業・非製造業でマイナス一三と人手不足が深刻だ。このように、規模や業種によって収益の改善と労働需給の逼迫にミスマッチが起きていることが、賃金上昇に繋がらない理由の一つとなっている。

〔『中央公論』2014年1月号より〕