小泉「原発ゼロ」ショックで動き出す安倍首相

永田町政態学

 安倍政権が今年、日本にとって長年の懸案に挑戦する。高レベル放射性廃棄物という「核のゴミ」の最終処分場の選定だ。昨年末に菅官房長官、茂木経済産業相、下村文部科学相らでつくる関係閣僚会議を設置し、本格的な検討を始めた。今年夏から秋にかけて、複数の国内候補地を選ぶ方針だ。

 政府が、放射性廃棄物を地中深くに埋設する「地層処分」の候補地として、市町村の公募を始めたのが二〇〇二年。その後、高知県東洋町など一部自治体が名乗りを上げたが、いずれも住民や周辺自治体の反発で取り下げざるを得なかった。安倍政権は、自治体側に手を挙げさせる公募方式には限界があると判断し、政府主導で候補地を決める方式に改めることにした。

 難しい課題に挑む背景には、日本の使用済み核燃料をめぐる事情がある。既に日本には、使用済み核燃料が一万七〇〇〇トンある。一方で、これを貯蔵している各原子力発電所の燃料プールと青森県六ヶ所村の再処理工場を合わせた日本全体のキャパシティーは、二万トンとされる。最終処分場が決まらないまま、政府が原発の再稼働を決断した場合、「トイレなきマンション」という批判を跳ね返すのは難しい。

 核物質の取り扱いなどを定めた日米原子力協定は、二〇一八年七月に期限を迎える。米国が近い将来、協定延長の条件として、こうした日本の状況をかんがみて最終処分場の建設を求めてくる可能性もあるという。

 とはいえ、協定延長までには数年の猶予があり、二〇一四年に候補地を選ぶまで急ぐ必要もなさそうだ。安倍政権が動き出したのは、安倍首相の師でもある小泉純一郎元首相の存在に危機感を抱いたからだ。

 小泉氏は昨年、各地での講演で「即原発ゼロ」を訴えた。安倍政権が原発再稼働に踏み切ろうとしていることに対しても「再稼働すれば、また核のゴミが増える。最終処分場が見つからない以上、すぐにゼロにした方がいい」(十一月十二日、日本記者クラブで)と批判している。小泉氏は昨夏、二〇二〇年に世界で初めて稼働するフィンランドの核廃棄物最終処分場「オンカロ」を見学。原発の使用済み核燃料を一〇万年、地中に保管するこの施設に「無理がある」と考えたのがきっかけという。

 安倍首相は小泉氏の主張に対し、「原発の比率を落としていく方針を決めているが、今の段階でゼロを約束するのは無責任だ」とやんわり反論した。しかし、政界を引退しても独特の分かりやすい発言で注目を集める小泉氏は、徐々に世論を味方に付け、海外メディアなどにも取り上げられている。安倍政権としても小泉氏を無視することができなくなったというわけだ。

 安倍首相は、地層処分について、より安全性を高めた手法に見直し、候補地の理解を得ようと考えている。周辺には、「過去の政権は、みんな怖がって決めようとしなかった。原発再稼働を前に進めるためにも、私がやるしかない。政治的リスクは分かっている」と語っている。自民党も政府を後押しをしようと、資源エネルギー調査会が議員立法での候補地選定の検討を始めた。

 ただ、東京電力福島第一原発事故で原発の「安全神話」が崩れた今、高レベル放射性廃棄物を強固なガラス固化体に封印し、三〇〇mよりも深い地層に埋設するという最終処分場計画が、どこまで理解されるか不透明だ。

 自民党内の議論は百家争鳴だ。資源エネルギー調査会の会合では、「地震が少なく、地層変化が生じにくい岩盤の地域を探せばいい」「人口の少ない場所が最優先だ。離島はどうか」といった声が出ている。「候補地になった地域の選出議員は、厳しいバッシングに遭う。せっかく与党に戻ったのに、とてもじゃないがこの論議には乗れない」と声を潜めるベテラン議員もいる。最終処分場選定をめぐる批判を分散しようと、超党派の議員連盟をつくり、野党をこの議論に巻き込もうという向きもある。

 首相はリスクを取る覚悟を決めているようだが、首相周辺には慎重論もある。今年は大きな選挙や政権を揺るがすほどの重要法案も予定されていないため、「わざわざ政局を不安定にする必要はない」というわけだ。

 政府筋は落としどころとして、最終処分場は先送りし、現在の原発サイト内での暫定的な管理を充実させるべきだとして、こう語っている。

「下水道完備のトイレはできないけど、くみ取り式のトイレくらいはつくる」
(山)
(了)

〔『中央公論』20142月号より〕

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