海外に「センカク」を売り込め

日中「宣伝戦」の最前線・ワシントン
飯塚恵子(読売新聞アメリカ総局長)

舵を切った安倍政権

 日本側も、一二年十二月の安倍政権誕生以降、対外発信力の強化を急いでいる。ワシントンはその"最前線"といえそうだ。

 一二年九月の尖閣国有化を機に対中関係が極度に悪化するまで、日本政府は尖閣問題で能動的な対外発信をしてこなかった。政府の公式見解が、「日本は尖閣諸島を有効に支配しており、尖閣諸島をめぐって解決すべき領有権の問題はそもそも存在しない」という立場だからだ。

 だが、中国の猛烈なPR攻勢に「反論しないと国際的に既成事実化される」と判断した安倍政権は一三年夏以降、"能動的発信"へ舵を切った。

 ワシントンでは、日本大使館が主要シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)などと連携し、米国の有力政治家や識者に理解を広げるための非公式な懇談会や公開セミナーを次々開くなど、「従来なかった活発な動き」(日米関係筋)が起きている。

 日本大使館そのものの動きも注目される。アジア政策に強い佐々江賢一郎駐米大使を中心に、中国専門家を次々と本省や他の在外公館から集めるなど、水面下で態勢強化を進めている。領有権問題などの日本の主張を米議会にロビーする中心幹部は二人だったが、一三年夏以降、四人に倍増させた。

 日本大使館がモデルにしているのは、ワシントンの「台湾大使館」にあたる台北経済文化代表処の手法だという。「台湾はロビー活動がうまい。中国の過激なアプローチとは一線を画し、米議会の有力議員や識者にシンパを作り、その米国人を前面に立てて、さらに米国人のシンパを拡大している」と、日米関係筋は指摘する。

 日本の大使館員の大半は今、「ほぼソラで尖閣問題や歴史問題を英語で説明できるよう、何度も読み込んで暗記している」という。「背広の内ポケットに何枚もカードを入れて、どのテーマでも英語で事実関係やデータを説明できるようにしている。営業セールスマンの気分」と語る大使館員もいた。

「日本議連」誕生なるか

 そうしたロビー活動は着実に効果を表し始めているようだ。

 中国をはじめ海洋の軍事動向を主に議論する米下院軍事委員会のランディ・フォーブス海軍力・軍事態勢小委員長(共和党)は「日本政府は大使以下、非常にいい仕事をしている。自分も有益な勉強をしている」と話す。

 フォーブス氏は超党派の中国議連(チャイナ・コーカス)を設立、議長も務めるが、「中国動向をチェックする立場なので、中国政府の関係者はあまり来ない。米議会では、一般的に中国の肩身はそう広くない」と語る。

 米議会には一三年秋、これまで設立されたことのない日本関係の議連が一つ誕生した。環太平洋経済連携協定(TPP)関連の議連で、交渉参加国の一つとして日本に注目が集まっている。さらに、これを契機に、日本全体に焦点を当てた史上初の超党派の日本議連(ジャパン・コーカス)も、設立の動きが起きている。中心となっているのは、カリフォルニア州選出のデビン・ニューネス下院議員(共和党)だ。

 日本の戦中、戦後の歴史など様々な背景があるとされるが、韓国、台湾、イスラエルなどの関係では活発な議連が米議会に存在する中、日本議連が過去に存在しなかったことは、対外発信力とも関係があるのかもしれない。

英語発信の重要性

 英語による対外発信は、オールジャパンで取り組む余地がまだある。

 読売新聞社が発行する日刊英字新聞『The Japan News』(旧The Daily Yomiuri)は一三年十月、「SENKAKUS tense waters」と題する連載を計一〇回掲載した。『読売新聞』の本紙で九月に一二回連載した「政治の現場 尖閣国有化一年」を英訳したものだ。尖閣問題をめぐる英文資料には、政府の広報資料や研究者の論文などがあるが、ジャーナリズムの観点から最新の中国軍の動きなども盛り込んでまとめたものは日本側に少ない。

 知日派のジョンズ・ホプキンス大学ライシャワー東アジア研究所のケント・カルダー所長は、これを「資料的価値が高い」と評価し、「日本のメディアも、もっと領有権問題などで、対外発信に力を入れるべきだ」と指摘する。

民主党にも人脈構築を

 ワシントンの日中「宣伝戦」の一端を垣間見て感じるのは、日本の対米関係は、やはり共和党を中心に構築されてきたのではないか、ということだ。

 知日派の識者や議員は、今も昔もやはり共和党に多く、何人も有力者がいる。民主党も、クリントン、オバマ両政権には、国務次官補を務めたカート・キャンベル氏がいた。米議会には、民主党重鎮の上院議員だったダニエル・イノウエ氏がもちろんいた。

 だが、キャンベル氏は目下、当面政府を離れ、イノウエ氏は一二年十二月に逝去した。日本政府は今、特に米議会対策を再構築中だといえる。民主党にも知日派人脈を積極的に開拓していくことが、今後の「宣伝戦」のカギの一つを握るように見える。
(了)

〔『中央公論』20142月号より〕

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