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国際広報戦略という難題

川島真(中国外交史研究者)

 昨今、国際広報の重要性が増している。日本のおこなう対外政策などが、その意図に即して理解されるように、また一部の国や主体が展開する日本の国益を損なう広報戦略に対して、それを是正することなどがそこに含まれる。この重要性は、中国などが内外のメディアで日本を批判するキャンペーンを張り、その言論が海外において浸透してしまっていることなどを考慮すれば首肯できるであろう。世界各国がまさに鎬を削って自国のイメージアップに努めている、ということである。

 しかし、国際広報はなかなか困難だ。戦前においても、一九二〇年代あたりからとりわけこれが重視されたが、それは必ずしも成功裏に進まなかった。また戦後の日本がこの課題に積極的に取り組み、ノウハウを蓄積しているかと言われれば、そうでもない。インテリジェンスやパブリックディプロマシーの重要性などは、まさに昨今かまびすしく指摘されるようになったのである。

 その国際広報戦略を考えるに際しては幾つかの注意が必要だ、と筆者は考える。

 第一に、これは大前提だが、「以心伝心」ではなかなか難しい、ということである。日本に来てもらえばわかる、正しいことを説明していればいつかわかってもらえる、といった論理がなかなか通用しないのがこの領域だ。相当丁寧に説明しても、それでもなかなか伝わらないものである。第二に、「相手がいる」ということ、そしてその相手が多様だということだ。その相手がいかに日本を見ているか、をきちんと個別に知り、相手に応じて広報しないと効果は期待できないだろう。第三に、目標をいかに設定するかということである。しばしば、親日とか反日とかと言われることがあるが、親日家の養成を目標とすべきかどうか疑問である。親日家がいれば心強いのは確かだが、それよりも、日本に時に批判的にもなるが、日本のことを理解した上で批判するような知日派を増やしていく方が現地社会での信頼を得られよう。第四に、政府がおこなう国際広報は「正しい情報」を一義的に決定し、関係者一同、同じことを繰り返す・ワンボイス・が強調されるときがあるが、訪れる政治家も官僚も、ジャーナリストも学者も判で押したように同じことを言うのでは、逆に信用を得られないのではあるまいか。主要な部分を踏まえつつ、多様性を担保してこそ柔軟な対応が可能になる。

 このような点を意識しつつ、短期的、中期的、長期的な戦略が練られ、各省庁、また官民が、一定の多様性を担保しつつ、オール・ジャパンの体制の下に活動すれば、まだまだ可能性はある。中国などの国際広報戦略の予算、人員の規模は日本とは比較にならないほど大きな物である。それに対応するには、効率と資源の有効活用が求められるところである。

 他方、単に「発信」するだけでなく、「防御」も必要だということである。諸外国のメディアでは、あまりに誤解に満ちた言論や、悪意に満ちた言論がある。それについては、適切に対応する必要がある。実際にそのようなことをするチームが組織的に形成され、迅速に対応できる制度ができているかと言われれば、疑わしい。

 二〇一三年十二月二十六日、安倍晋三総理は靖国神社に参拝した。アメリカ側は disappointed という表現によりメッセージを伝えてきた。日本側の参拝をめぐる国際広報戦略はどのようなものであったのだろう。参拝の是非は別にして、参拝の決断に際しては対外的に説明可能かどうか、ということが考慮され、それが可能だという結論が得られてから、その決断がなされたであろうか。また、その広報が周到に準備され、実行されたであろうか。たとえば、参拝の意図とともに、本殿のみならず鎮霊社に参拝した意図など、いっそうの説明が必要な領域があるように感じられる。
(了)

〔『中央公論』20143月号より〕