橋下氏の転落で、現実味を帯びる維新分裂

永田町政態学

 まさに勝者なき選挙戦だった。

 三月二十三日に投開票された大阪市長選。再選を決めた橋下徹・日本維新の会共同代表は、選挙事務所となった維新の会本部に姿を見せず、恒例の万歳三唱もなかった。橋下氏に代わり、維新の会幹事長の松井一郎・大阪府知事が「各党と話し合いに入る」と大阪都構想の推進に意欲を示したが、投票率は過去最低の二三・五九%。しかも、白票などの無効票も投票総数の一三・五三%にあたる六万七五〇六票に上り、冷めた民意を裏付けた。

 敵を明確に定め、あつれきをエネルギーに変えて支持を集めるのが、橋下氏の得意とする政治手法だ。今回の標的は、日本維新の会の看板政策、大阪都構想の議論を進めることに反対した「議会勢力」だった。橋下氏は自民党などが擁立した候補と戦うことで、行き詰まった都構想の推進の是非を市民に直接、問おうとした。

 しかし、自民、公明、民主、共産の主要四党は、売られたケンカを買わず、橋下氏の独り相撲を際立たせる作戦で足並みをそろえた。「自分の思い通りに進まないという理由で仕掛けた選挙に大義はない」として対抗馬を擁立しなかったのだ。橋下氏は「僕の首を取りに来い」と何度も挑発したが、不発だった。

 選挙期間中、ライバル不在、肩すかしの戦いを象徴する場面があちこちで見られた。

 橋下氏が第一声を行った大阪・難波の大阪高島屋前。二〇一一年に大阪府知事を辞職し、くら替え出馬した市長選告示日に同所で演説した際は、約五〇〇人の聴衆で膨れ上がった。しかし、今回は人だかりもなく、最前列にさえ、大きなスペースができた。

 維新の会の地方議員がチラシを渡そうとしても素通りされることが多く、在阪党幹部は「敵役がいなければ橋下劇場に観客は来てくれない」と嘆いた。

 再選を果たした橋下氏は、民意をタテに都構想の制度設計を話し合う法定協議会の反対派メンバーを差し替え、都構想を前に進めたい考えだ。

 だが、法定協議会の人選は、大阪府議会・市議会で決まる仕組みだ。いずれの議会でも橋下氏率いる維新の会は過半数に達しておらず、市長選を経ても議会構成は変わらない。それどころか、選挙戦を通じて橋下氏と各党との亀裂が深まり、合意形成や歩み寄りは一層困難になってしまった。

 特に痛手なのが、これまで協力関係にあった公明党との対立だ。橋下氏は、都構想の制度設計を一つに絞り込む提案に公明党が時期尚早と反対したことに激しく反発。「僕は公明党の選挙区で立候補することをライフワークにする」と敵意をむき出しにした。橋下氏周辺は「話し合いに引きずり出す戦略」と語るが、公明党幹部は「あそこまで言われたら修復不可能だ」と言い切る。

 府議会からは「橋下氏にとって、出直し市長選は大山鳴動してネズミ一匹どころか、大幅後退だ。橋下氏の政治手法の限界が露呈された」と断じる声もある。

 橋下氏周辺で、窮余の一策としてささやかれている秘策がある。大阪の府議会、市議会が共に改選を迎える来年春の統一地方選にあわせ、市長選と、松井氏も辞職して府知事選を同時に行い、最終決着をつけるという案だ。
 実際、橋下氏は周辺に「都構想が進まなければ、もう一度市長選をやってやる」と述べているという。

 しかし、橋下氏が都構想に時間と労力を割けば割くほど、国政での求心力低下は避けられない。背景には政策や路線を巡る党内対立がある。

 党のもう一人の共同代表、石原慎太郎氏は「ネーミングが良くない」と都構想にケチを付け、原発輸出を認める原子力協定に「賛成する」と一時、明言。協定反対方針を主導した橋下氏周辺と鋭く対立した。野党再編の一環として、結いの党と合流するか否かでも、党内には橋下氏ら推進派と、石原氏ら反対派が混在している。

 このため、橋下氏に近い議員からは「都構想を早く決着させ、橋下さんに国政へ出てきてもらわないと党はもたない」、近畿以外の議員からは「地方の政策に過ぎない都構想に固執するあまり、大局を見失っている」と、共に橋下氏への不満と批判が高まっている。

 看板政策であるはずの都構想が、党の結束を揺るがす足かせとなりつつあるのは皮肉な流れだ。橋下氏が今後も都構想にのめり込めば、維新の会分裂がいよいよ現実味を帯びてくる。(郎)
(了)

〔『中央公論』2014年5月号より〕

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