香港・台湾における「民主と自由」への問い

時評2014
川島真

 香港ではここ数年、一九九七年の返還記念日にあたる七月一日前後になると、一〇万人規模の民主化要求、反政府デモが生じている。従来は香港政府への不満であったが、少なくとも昨年以来、明確に北京の中央政府への反撥が際立っている。さまざまな見方があろうが、問題の根源は、一九九七年の香港返還に際して、中国政府が一国二制度を五〇年間堅持すること、つまり中国と異なる香港の民主主義や資本主義の諸制度を維持すると約束したのに、それが守られていないことにある。香港には香港特別行政区立法会があり、選挙で議員が選ばれるのだが、この立法会で何を決めても、それが必ずしも「統治」と深く関わらないために、「民主」が「統治」に与える影響が限定されることになるのである。

 だが、このような事態はここ一、二年に始まったことではない。昨今生じている事態は、「民主はなくとも自由はある」と言われた香港の「自由」が奪われていくのではないかという危機感に基づく面もある。二〇〇四年、香港の地位に関わる「憲法」にあたる香港特別行政区基本法に基づき、北京の全人代常務委員会が香港の政治体制解釈についての見解を表明し、香港の民主化については香港側に主導権がないことが明確になり、香港の住民は大いに失望した。さらに今年六月、北京が発表した「香港白書」が中央政府の「全面統治権」を主張したことで、香港住民に「民主と自由」が奪われる危機感が広まった。昨今のデモにはこうした背景がある。

 台湾は一九八〇年代後半から制度的な民主化が始まり、一九九六年には直接選挙による大統領(総統)選挙が行われ、二〇〇〇年には国民党から民進党への政権交代も体験した。しかし、今年三月に学生を中心とする集団が立法院(議会に相当)を占拠し、一時は行政院も占拠しようとしたことは内外に大きな衝撃を与えた。これは、中国に対してサービス業での市場開放を認めるサービス貿易協定批准の審議への反対運動として発生し、中国との統一に反対する独立派の動きだと一概には言えないものだった。この背景には、中国資本の流入への反撥、議論の進め方、手続きへの反撥、さまざまなものがあった。この運動が成功したか否かは議論があろうが、これ以後、台湾社会内部で、教育、社会、経済など多岐に亘る領域の政策上の問題がソーシャルメディアなどを通じて指摘され、政府批判が高まった。重要なのは、これらの対立点がもはや「統一・独立」問題でもなく、二大政党である「国民党・民進党」の議論にも回収されないことである。より深刻なのは、こうした社会の動きに応じて、第三勢力が形成されるわけでは必ずしもないことである。メディアや政治資金などは国民党、民進党に押さえられ、第三勢力の入る余地がなかなか見出せないのだ。民主化した台湾では「自由」というよりも、この社会と政治の乖離、政治制度の「民主」とのズレ、これこそが問題だということになろう。無論、そこには馬英九政権批判や中国への過度の接近に対する警戒もあるのだが、それはより大きな課題の一部分のように見える。

 中国から見れば、中国との関係性が主題となっている、あるいは問題の一部となっている香港と台湾の政治の動揺は大きな関心事だろう。これに対しては、硬軟組み合わせた対応をしているが、それでも効果はあがらない。香港での政策を誤れば台湾との統一は大きく後退するであろうし、かといって香港の民主化運動を認めれば、中国国内の民主化をどうするかという課題に直面する。

 いわゆる「中国の大国化」あるいは習近平政権の強硬政策の与える影響は、最も近いところにある香港と台湾にまず現れている。この両所の帰趨は、東アジアの国際関係だけでなく、中国国内の民主化運動にも反射する。そうした意味で、注目度を高め、日本として何ができるかを考えることが必要であろう。
(了)

〔『中央公論』2014年11月号より〕

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