池内恵 時代錯誤のレッドパージと学者集団の大いなる矛盾

池内 恵(東京大学先端科学技術研究センター教授)

「敗戦の尾骶骨」の未完の改革  

 ただし政権の政策が時代錯誤の様相を呈することには、それなりの理由もある。それは日本学術会議の存在や、そこに拠る学者集団の一部の政治的主張と行動に、時代錯誤の様相が濃厚だからである。教条主義的なマルクス主義や、一面的な反軍思想を掲げ、「国家権力=悪」と学生や世間に説きつつ、日本学術会議という歴然とした国家の機関に名を連ね、その権威と権力をゆくゆくは国家や社会に、当面は大学に及ぼすことを当然視する矛盾を抱えているからだ。日本学術会議の構成員の政治的主張や活動の一部が古色蒼然としたものであるが故に、それに対する政権の対応策も古色蒼然としたものとなっている面はある。なお私自身は、これら現代の「不平士族」とも言うべき反体制的言辞を弄しつつ国家権力を追い求める学者たちを、日本学術会議という、国家機構の末端にぶら下がったさほど実権を持たない組織に一括して収容し管理して、幾分かでも手懐けておくことができるならば、そしてそのための費用が年間一〇億円程度という現状の規模であれば、有用で効率的な投資であり、政策効果も大きい施策とも言いたくなるのだが、風刺はここまでにして本論に戻ろう。  

 日本学術会議は、左派勢力を一角に内包した当時のGHQが主導した占領統治下で進められた民主化改革の一貫として一九四九年に設立され、いわば「敗戦の尾骶骨」のような存在として現在まで残存している。  占領統治下で導入された、国家に対峙し掣肘するものとして一時的に大きな権限や役割を付与された労働組合や、教育委員会などの独立委員会は、順次その権限を縮小させられ、役割を変えていくが、最後まで残ったものの一つが日本学術会議である。それもまた相次ぐ改組によって役割を変え、その存在そのものが終焉を迎えそうなところまで来ている。  

 擁護する立場からは「日本学術会議はかつて『学者の国会』と呼ばれていた」という説明がなされるが、当事者たちの意気込みはともかく、客観的な実態としては妥当とは言えない。むしろ「学者の組合」というのがより実態に近いだろう。この場合の「組合」は、雇用や労働条件の権利に関わる組合・結社では基本的になく、政府に対して政治的な要求を突きつけるための政治的結社としての性格が明瞭である。

 

  〔『中央公論』2020年2月号より抜粋〕

池内 恵(東京大学先端科学技術研究センター教授)
〔いけうちさとし〕
1973年東京都生まれ。東京大学文学部イスラム学科卒業。同大学大学院博士課程単位取得退学。国際日本文化研究センター准教授を経て、現職。著書に『現代アラブの社会思想』(大佛次郎論壇賞)、『書物の運命』(毎日書評賞)、『イスラーム世界の論じ方』(サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(毎日出版文化賞特別賞)などがある。
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