飯田泰之 道半ばのアベノミクス
成果としての雇用
長きにわたって金融緩和の必要性を唱えてきた黒田東彦(はるひこ)氏(元財務官)を総裁、岩田規久男氏(学習院大学名誉教授)を副総裁として発足した新生日本銀行は、その最初の政策決定会合で金融政策方針の大転換を宣言する。あまりにもスピーディーな政策実行に市場の変化は加速していく。その後の金融政策史については、本稿の趣旨をはずれる。ここでは金融政策の転換がもたらした実体経済への影響を紹介したい。
円高の修正と急ピッチでの株価上昇については前出の通りであるが、第2次安倍政権発足当初、アベノミクスは為替・株価等の金融市場に影響を与えるのみで、実体経済への波及は見られないとの批判が散見された。しかし、13年後半には比較的動きが遅いと言われる雇用においてさえも、その改善は明確になっていく。求人数を求職者数で割った有効求人倍率は12年前半には0・7台だったが、13年後半には1を超える──つまりは求人の数が職を求める人の数を上回るようになってきたのだ(厚生労働省「一般職業紹介状況」)。
この雇用の改善をリーマン・ショックからの趨勢的な改善にすぎないと評する向きもあるが、誤りである。これを確認するために雇用者数の推移を見ていこう(図1)。10年から12年にかけて雇用者数は5500万人前後で横ばいが続いていた。これが13年央には上昇トレンドに転じ、19年には6000万人台に到達した。この傾向は自営業者や家族従業者を含む就業者ベースで見ても変わらない。
さらに、同時期には正規従業員数も顕著に増加している点も注目に値する。現在の基準による正規・非正規従業員の統計は13年以降の数字しか得られないが、13年に3300万人だった正規従業員数は、19年には3500万人に増加している。同時期の雇用拡大を、定年に達する団塊世代の継続雇用増大に求める言説もあるが、団塊の世代が60歳を迎え始めたのは07年であるため、このような継続的な雇用拡大の主因とは捉えづらい。
これらの成果は円高の是正や資産価格の上昇と無縁ではない。円高の是正は生産拠点の海外流出を防ぐことを通じて、国内雇用を維持することとなる。
また、大胆な金融政策は地価の下げ止まりにも資するところとなった。中小・中堅企業にとって、地価は財務状況を大きく左右する。保有資産の評価額が高ければ、金融機関からの借り入れが容易になるためだ。これら中小・中堅企業財務の改善を通じた雇用増加も、雇用情勢改善の要因である。
(続きは『中央公論』2022年9月号で)
1975年東京都生まれ。東京大学経済学部卒業、同大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専門はマクロ経済学、経済政策。内閣府規制改革推進会議委員などを務める。『マクロ経済学の核心』『経済学講義』『日本史に学ぶマネーの論理』など著書多数。