住宅価格安定化の鍵は「利上げ」にあらず――東京の不動産高騰はバブルではなく構造的現象である
- 構造的高価格化の背景――「三重の力学」を読み解く
- 価格・家賃・金利の均衡関係
- 高騰の主因は資産価値への期待
構造的高価格化の背景――「三重の力学」を読み解く
近年、東京のマンション価格が注目を集め、全国の地価も上昇に転じている。こうした資産価格の高騰は、なお続くのか。それとも一過性の現象として崩れるのか。見極めには、価格を動かす構造を正しく捉える必要がある。
第一の鍵は金利である。住宅の価値は、将来得られる「住むことの便益」(家賃や快適さ)の現在価値として決まる。ゆえに金利が下がれば、同じ便益でも割引(借入金完済までの利息支払い分)が軽くなり、価格は上がりやすい。日本銀行の超低金利政策が長く続いた結果、住宅ローンの実質負担は大きく軽減され、金利が2%から1%へ下がれば返済総額はざっと1割以上縮む。こうした割引効果は、家計の購買力を押し上げると同時に、住宅を投資対象としても魅力あるものにしてきた。
しかし、金利だけでは近年の住宅価格の粘り強さは説明しきれない。むしろ、高価格を支えているのは人口構造と期待である。日本全体が人口減少局面にある一方、東京圏、なかでも都心部は流入が続く。インフラの集中、偏在する雇用機会、再開発による生活環境の改善が、その背景にある。実際、都心3区(千代田・中央・港)の合計人口は過去20年で約1.6倍に増え、若年層や外国人居住者も厚みを増している。全国的な人口減少のただ中で、都市への再集中が起きているのである。
この人口の動きは二つの経路で価格を押し上げる。第一に、世帯数の増加が実需を底上げする。第二に、「都心不動産の価値は維持される」という期待を形成する。この期待は単なる心理ではない。2002年の都市再生特別措置法の施行以降、容積率の緩和や各種規制の見直しで再開発は格段に容易になった。超高層ビル建設など土地利用の高度化が可能となり、従来は採算に乗りにくかった投資が現実味を帯びる。耐震・防災機能の強化、文化・エンターテインメントといったアメニティ(快適環境)の創出、国際競争力の向上に伴う資金の呼び込み─。制度改革と民間の技術革新が相まって、都市の将来像が具体的な投資の対象として立ち上がったのである。再開発という「将来のオプション」は、期待プレミアムとして現在の価格に上乗せされる。
「人口が減れば住宅は余るはずだ」という直感に反し、実際には二極化が進む。地方では需要の減退が価格下落を招く一方、都市部では再開発やインフラ整備によって土地利用の効率が高まり、むしろ価格を押し上げている。結果として、全国で見れば住宅ストックは量的に過剰でも、都心では希少性が強まり、価格が上がるという逆説が生じる。
さらに近年、国際資金の流入がこの構造を強化している。低金利と円安が重なり、東京の不動産は海外投資家にとって魅力的な投資先となった。外国人による取得規制の議論が浮上するのも、この延長線上にある。資金が国境を越えて流入するにつれ、東京の住宅は「国民の財」から国際資産へと性格を移しつつある。
総じて言えば、今日の住宅価格を動かすのは、①低金利による資金調達コストの低下、②人口の再集中による実需の維持、③再開発・インフラ整備・都市成長への期待、という三つが相互に補完し合う三重構造である。この枠組みのもとでは、金利をわずかに引き上げても、強固な期待と人口集中がその効果を相殺しがちだ。ゆえに、価格の高止まりは金融政策だけでは是正しにくい構造的現象として捉えるのが自然であろう。