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元自民党副総裁・大野伴睦の「懐刀」だった渡辺恒雄。証言者が語るその実像と戦後政治の舞台裏

権力の中枢を見た最後の証人 独占告白

大野派"ナンバーワン記者"として絶大な影響力

渡辺の大野への影響力は、どのようなものだったのか。渡辺と政治取材でしのぎを削ったライバル記者が健在だった。毎日新聞政治部の記者だった西山太吉だ。後に外務省機密漏洩事件の当事者となった西山は、山崎豊子の小説『運命の人』のモデルとしても知られている。

 

私は福岡県北九州市の西山の自宅を訪ねた。西山は山口県下関市出身で取材当時は88歳、渡辺の5歳年下に当たる。鋭い眼光が往年の辣腕記者時代を彷彿とさせる。西山との話題は渡辺との出会いから記者時代のエピソード、現在の政治状況に対する考えなど多岐に及んだが、年齢を全く感じさせない張りのある野太い声で、数時間にわたって澱みなく話し続けた。

 

社会への痛烈な問題意識を全身から発するような語り口は、今なお衰えないジャーナリストとしての矜持を纏っていた。当時の西山にとって、渡辺は並居る記者の中でも一頭地を抜く存在として映っていたという。

 

「派閥のトップ記者どころじゃない、もう派閥を代表するような記者、大野派のとにかく傑出したナンバーワン記者ですよね。だから政治記者の中でも有名でしたよ。とにかく『読売に渡辺あり』であり、渡辺恒雄は格別な待遇でした。大野の側近中の側近で、むしろ代議士よりも近いような関係になっていて、そういう面はもう轟き渡っていました。大野伴睦については、取材するというよりも常にアドバイスする。そして大野に色々な知恵を授けるとか、そういう深い関係になっていった」

 

大野の懐深くに入り込み、取材者としてだけでなく、軍師のように知恵を授ける関係にまでなっていたという渡辺。その影響力は、絶大なものだったという。

 

「組閣の際には、大野伴睦と入閣推薦候補を選定する作業を一緒に行っていました。『今回はこの議員を大野派として入閣させよう』という働きかけです。並の政治家よりも、はるかに力がありますからね。普通の入閣推薦候補よりも、渡辺恒雄のほうが、事実上政治的な動きが強かったとも言えるのではないでしょうか。だから派閥のヒラ議員は、みな渡辺に接近して、協力を得たいという気持ちになっていくわけですよね。

 

渡辺はこうした大野への影響力を背景にして、河野一郎はじめ、他の党人派系の指導者にもつながりを持つようになっていきました。各派閥のリーダーは、そういうトップ記者から情報を得たり、自分たちの思惑を伝えるメッセンジャーにしたりするんですね。だから渡辺は大野派ナンバーワン記者として他派閥からも重宝されて、取材の裾野が大きく広がっていましたよ」

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