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「8割おじさん」のクラスター対策班戦記【後編】~次の大規模流行に備え、どうしても伝えたいこと

Zoomでインタビューに答える西浦博教授

西浦博北海道大学大学院教授インタビュー/聞き手・構成 川端裕人(作家)

*この記事は6月12日(金)にYahoo!ニュースに配信したものです。

https://news.yahoo.co.jp/articles/602a038dc47f6aa1a3952ba5f318888f50cc0713

「これまで目標としてきた流行の制御はできたわけですが、課題もたくさん残されていますし、コミュニケーション上、誤解を解かなければならない部分もあります。何より、今後のことで心配なこともいくつかありますから」  前編「厚労省のビルから北大の研究室に戻るにあたり伝えたいこと」に続き、西浦が、今「コロナ禍」の体験を共有するすべての人たちに伝えたいことをまとめる。

兵隊ではなく司令官が言わないと

「反省点であり、誤解を解いておきたいことがあります。それは、引き締めと励ましにかかわるコミュニケーションの問題です」  西浦はそんなふうに言う。真意はいかなるものだろうか。 「厚労省のビルの中にいてすごく困ることは、やはり自由に話せないことです。クラスター対策班が独自にコミュニケーションできる機会を得たのは、4月15日以降、直接に記者会見ができるようになってからでした。その第一回で、僕は、記者さんの前で、何もしない最悪の想定では、約85万人が重症化し、その約半分が死亡するという話をしました。被害想定が重要であるとメディア側からの要望もあって、とはいえ、想定される死亡者数を直接的に言うのはダメだと厚労省側から言われ、ああいう歪んだ言い方になりました。後で『西浦の乱』と書かれましたけど、この被害想定を僕が話すことは、官邸まで事前に通っていたことです」  この「乱」の効果はてきめんで、翌日の新聞ではのきなみ死亡想定が掲載されたし、テレビでも大いに取り上げられた。官邸からは「(政府の)公式見解ではない」とのコメントが出たものの、一定のリアリティをもって受け止められ、「接触減」に寄与したのではないかと思われる。 

 でも、実際にはそれではダメだと西浦は言う。 「42万人というのは何も対策しなかった場合のプレインな数字です。それを言うと同時に、皆さんが自粛して接触を減らすことを徹底すると流行自体を抑えられる可能性が高いということや、その数を減らして、みんなで接触を減らして、徹底して頑張ってみようというような、励ましに相当する言葉がうまく伝わっていないんです。それで、分かったのは、これは、僕が言ってしまったけど、本当に僕が言うべきことなのかってことです」  専門家の言葉として42万人という数字だけがひとり歩きすると、それは限りなく「恫喝」に近く聞こえる。人々は行動を変容させるかもしれないが、どちらかといえば恐怖やあきらめのようなネガティヴな感情に基づいたものになる。そして、ネガティヴな感情に基づいた行動は長続きしにくい。だから、西浦はこれを「励まし」とセットで語る必要があるという。しかし、それができるのはその専門家ではなかろうというのである。

 「自分の立場はただの兵隊の1人ですので、これから戦いが始まる時に、『42万人亡くなります』と、司令官側が『公式ではない』と言うような数字を言うのはおかしいんです。むしろ、司令官がちゃんとそれを言った上で、だからみんなこうするぞ、みたいなことを言わないと。だから、理想的なのは総理大臣が、国民の皆さんに向かって、原稿を読まず、心から語りかけることだったと思います。科学者の試算は蓋然性が高い。でも、これは最悪の場合の数字で、接触を減らせれば、ゼロが1つ、2つ取れていくから、みんな一緒に頑張りましょう、と。でも、僕が言うことで、数字だけがひとり歩きして、引き締めき効果はあったかもしれないけれど、そればかりが強調されすぎました。その跳ね返りが解除後の行動に影響するのではないかと心配しています」

 跳ね返りにはいろいろな形がありうるのだが、ひとつすでに見られるパターンとしては、本稿をまとめている6月はじめの時点で、「結局、亡くなったのは九百人くらいだし、あの42万人というのは間違っていた」という議論が出てくることだ。「最悪の想定を回避できて良かったね」と、みんなで勝ち取った成果として受け止めるのではなく、科学者への不信の理由にされてしまうと、今後の対策にも影響を与えかねない。

科学顧問が必要?

 もう一点、今度は「8割おじさん」の件。 「僕自身、8割の話ばかりを発信する役割を担い過ぎたので、反省点も大きいです。8割は厳し過ぎて経済がダメになっちゃうから、被害をある程度受け入れて経済を回したほうがいいよというような、そんな思いになってしまう人も出てきたと思います。そうすると、今度は逆に自粛警察的なものも出てきて、それもよくないことです。この件で、効果的なメッセージを出せるのは大臣か総理だったのでしょう。8割の外出自粛というのは大変なんだけども、ここで一回感染者が減ったら、ゆっくりと徐々に社会経済活動を戻していって、本当にハイリスクな部分だけをうまく抑制しながらやっていけるようになるはずだから、そこまで頑張ろうというようなメッセージですね」

 西浦のような専門家は感染症制御のために呼ばれているわけで、対策の根拠は示すことができる。その際、求める水準が厳しいものであったため、西浦はみずから「8割おじさん」として発信を行わざるを得なかった。これ自体、データを分析して政策提言する立場の科学者が自ら行うべきことなのか、議論の対象になることだろう。 「専門家の僕たちが、直接にリスク管理の話をし過ぎるというのは決して良くないと思っています。僕たちは、あくまでもリスク評価のデータ分析をして結果を出すところまでが専門で、リスク管理はしっかりと政治にお返ししますよという形を作らないと」

 しかし、現実問題としては、政治家のリーダーシップや説明能力が不足気味なのが、今の日本の難点であるわけで、そういう場合にはどうすればいいのだろう。 「イギリスのやり方ですが、チーフ・サイエンティフィック・アドバイザー、主席科学顧問が任命されて、科学コミュニケーターやクライシス・コミュニケーションの専門家に助けられながら、国民にメッセージを発する仕組みがあります。今回も、京都大学の山中伸弥教授が、ウェブサイトなどで発言してくださっていますが、山中さん、あるいは、より良いのはクライシス状況にも百家争鳴しがちな科学コミュニティ内の調整に長けた人が、専門家会議からも政府からも独立して発信できる公的な仕組みを実装していくというやり方もあると思います。やろうと思えばできることです」

「8割はもうできないかも」という心配

 以上のような反省を踏まえて、西浦は今後について不安を抱いている。 「結局、8割の接触減ができるのは、4月、5月だけだったかもしれないんです。今後、クラスター感染が見られたハイリスクの環境を最後に残しつつも、段階的に社会が開いていくことになります。それも身体的接触を最小限にとどめつつです。それで抑えられなかったらまた集団レベルでの接触削減が必要になるんですが、でも、みんなまた同じことができるんでしょうか。そのためには、社会として自己効力感を持つことが必須なんですが......」  もう少し具体的に言うと、どういうことだろうか。

 西浦は、専門家会議の記者会見での一コマを話題にした。 「新規感染者がやっと減り始めていた時期、5月14日の専門家会議の記者会見で、副座長の尾身茂先生が優しい声かけで記者さんたちに言ったんです。『皆さんもこんなのは二度としたくないですよね』って。すると、そこにいた記者たちが全員、いっせいにうんうんと深く頷くんですよ。『うわー』っと思いました。そりゃそうですよね。皆さん、たぶんどんな意見を持っている人でも、政治的な立場がどうだろうと、一致している意見だと思うんです。だから、単につらい体験というわけでなく、リーダーが『みんなが頑張ったのですごいぞ。社会、コミュニティとしてやれたぞ』って、正直に喜びを分かち合える機会があったほうがいいと思います。そのために一番ふさわしいのはやはり政治的リーダーだと思います。そして、再び同じ思いをしないためには、『もう少し頑張ろう』とみんなが奮い立って、ここからの予防をしていくと、感染者が異常に増えるのを避けられるかもしれないわけです」

 ただ、政治的なリーダーがそのようなことに向いていない場合、どうすればいいのか。科学的な発信については、「科学顧問」のような役割が想定できるということだったが、こちらはもう少し位相が違う話だと思う。また、各国を見ていてもそのような「適切に鼓舞できる」政治のリーダーを今この瞬間に持ち得ている国は、それほど多くないように見える。そこを政治に求めるのは、かなり運にも左右されることだろう。 「政治家がダメなら、芸能人ですとか、あるいは文化人でしょうか」と西浦は悩ましげに言う。この場合も、今の時代、全国民的な支持を得る芸能人も文化人もなかなかいない。小さなリーダーがたくさん登場するのが現実的な解なのかもしれない。

 なお、「小さなリーダー」は効率が悪いかもしれないが、西浦が抱える、ある種のジレンマをやわらげる可能性はある。西浦の立場では「数十万人の死亡」のゼロを何個取れるかというレベルでの議論になる。これは非常に大きな使命だが、そのための対策や努力は、素のままだと社会的マイノリティを押しつぶす。だからこそ、それぞれの分野でのニーズをすくい上げつつ対策をカスタマイズしていく必要があり、その場に即した小さなリーダーがいるほうが適していることもあるだろう。あくまでも西浦の話を聞いて本稿をまとめている筆者の所見として記しておく。  もちろんこういったことを西浦も理解している。 「この感染症は、社会的な弱者のほうへと寄っていく傾向があります。具体的にいうと、今東京で最も再流行を心配しているところは夜の街なんです。もし軽症だったら病院には行けないような人たちが感染しますし、イギリスでも貧困層に感染者が多いという傾向が出ています。シンガポールでは、外国人労働者が雑魚寝をしているような環境でクラスターが起きているようなこともあって、日本で同じ状況になっても不思議ではありません」

 こういった人たちは、西浦がいう「ハイリスク」な集団になりがちで、緊急事態宣言解除後に社会が開いていく際にも一番最後までとどめ置かれたり、不安定な雇用でしわ寄せを受け続けるグループだ。金銭的な不利益だけでなく、社会的なスティグマも背負わされかねず、それを避けるためには......やはり自助努力や自己責任に近い「小さなリーダーシップ」では荷が重く、結局は政治側の毅然とした対策と、そういった対策を取り得る者からの「適切な鼓舞」が大切だという話に戻らざるを得ないのだが。

政治と行政は負けないで

「もう一点、心配なことがあります。それも差し迫ったことです」と西浦は続けた。 「3月に入って欧米からの帰国者が大きな感染の波をもたらしたように、当面の大きなリスクは海外からの流入です。例えばですが、アメリカの流行対策は日本と比べるとあまりうまくいっていません。今恐怖なのは、そんな国が、流行の制御をある程度諦めて経済を回すために国境を開けることなんです。実際、アメリカでは、実効再生産数が1を切ったところで経済を回そうという話が出ています。これって、流行がピークを越したということではありますが、まだまだ感染者が多い状態です。日本ではしっかり感染者数を下げてから開放しようとしているわけで、相当感覚が違います。でも、トランプ大統領に『今国境を開けよ』と言われて、日本の政治が抵抗できなかったら、次の大きな流行が起きるきっかけになると思っています。だから、日本の政治には毅然とした態度で臨んでほしいです」

 そして、もしも政治が耐えきれなかった時には、行政の頑張りどころだという。 「政治が折れてしまったら、行政で全力で抵抗してもらいたいんです。入国管理局は入管法、厚労省で検疫法。これらを駆使して、運用する中で、すぐには入国してこれない仕組みを作ってほしい。厚労省のビルの中にいて知り合いも増えて、本音で話してもらえるようになってきましたが、対策本部のメンバーも検疫を司る検疫所業務管理室の人たちも、いったん苦労して感染者の数を下げたのだから、再流行させたくないというのはみんな思っています。国としての方針が決まっても、現場での実施のさじ加減は行政で決まります。全力で抵抗しようと思ったら抵抗できるし、全力で緩めようと思ったらそれもできます。そこを諦めないでやってほしいんです」

 西浦が強調するのは、国内でのクラスター対策でなんとか抑え込めていた時に、欧米からの帰国者の波をかぶった時には対処できなかったという忸怩たる思いだ。「消えやすいウイルス」だということを見出し、一度は「ゼロにできるかもしれない」と思ったところに、欧米で予想外の感染拡大が起きた。そこからの波を「丸腰」でかぶってしまった。 「三月中旬の頃、僕や押谷先生は『ああ、もうすぐ来る』って、ひしひしと全身で感じるぐらい、感染者が増え始めていました。それと同じような状況になりますから、対応を間違えれば、『また接触削減』ということになります。政治も行政も折れずに頑張ってもらって、次の大きな流行を起こさずにやっていくというのが、ワクチンができるまで時間稼ぎをしながら乗り切るための、一番大事なポイントの一つではないかなと思っているところです」

西浦教授が試算した大規模流行の確率とは?

 今後、どれくらいの感染者が日本に渡航してきた場合、大規模流行が起りうるか、西浦は医療従者向けの情報サイトm3で具体的な試算を公表している(6月2日付け)。確率モデルの1つである「分岐過程」を使ったシミュレーションで、1日10人感染者が渡航してくる状態が続く前提で計算したところ、2週間の停留措置やPCR検査を行ったとしても、3ヶ月以内に大規模流行を引き起こす確率は98.7パーセントにもなる。この想定は、感染率が1パーセントの蔓延状態の国からなら毎日1000人が日本に入国した場合に相当するわけで、航空機3~4便の乗客数で簡単に超えてしまう。

 一方で、1日毎の感染者の入国を4人、2人、1人に絞ることができれば、「停留+PCR」の条件下では、それぞれ82.5パーセント、58.1パーセント、35.3パーセントと大規模流行の確率を下げることができる。いずれも「検疫なし」では、ほぼ100パーセントになるので、ここは現場の努力が大いに問われる領域でもある。  西浦の危機感の背景にある「数字」はこのようなものだ。いかに厳しい認識を持たざるを得ないか理解していただけると思う。

 もっともこういった危機感も、前項でも少し触れたような問題につながりやすい点は要注意だ。感染症の制御は、我々の社会の基本原則である「人権」や「自由」といった概念と相性が悪い。この例でいえば、国境での防疫上、一定の移動の自由を奪うことを正当化せざるを得ない。個別の事例では、ものすごくひどいことが起きる可能性もある。また、国境をまたいでの移動を日常的に行う人たちへの風当たりが強くなったり、今、国内にいる外国人にまで差別的な言動、それこそ『出ていけ!』というような感情を発露させる人を誘発してしまうこともあるだろう。しかし、そういった分断は、少数者に不利益を押し付けるだけでなく、実は、社会の感染リスクも高める。今、国境の内側にいる人たちは、ある意味、同じ運命に結び付けられており、誰かを非難して追い詰めても逆効果だということは、常に忘れてはならない点だ。

 結局、「毅然と臨むリーダーが、その毅然たる決意の一部として、個々人への最大限の配慮や、『差別はダメ』というメッセージを発し続ける」というのがまずはベースになければ、というところに結局、戻ってきてしまう。

研究を回せ

 西浦が東京で対策班の規模を縮小し、北海道に戻るにあたって「伝えたいこと」を、若干の私見も加えつつも、できるだけ忠実にまとめたつもりだ。  今後、西浦研の総動員体制は終わり、西浦自身も週の半分くらいは東京に来て、残りの半分は北海道にいるような生活になるという。これまでのようにデータ分析や政策提言や広報に明け暮れるのではなく、研究に割く時間もある程度取れるようになる(と期待される)。

 研究というと、あたかも「象牙の塔」のようなイメージを抱く人がいるかもしれないが、西浦が専門とする感染症の数理モデルの世界は、研究の遅れが対策の遅れにもつながりかねない。新しい感染症であるCOVID-19は、本当に様々な難しい要素が満載で、研究しなければならないことも多い。感染の本質的な部分を見抜いて、どんなふうに数式やアルゴリズムで表現すればシミュレーションが正確になるかその方法を研ぎ澄ましたり、取り得る対策に実際にどれだけの効果が期待できるか見積もったりするのも(逆に対策したあとで効果を評価するのも)大切な役割だ。だから、日本の理論疫学のエースである西浦が、データ分析と政策提言に専念することは、対策に必要な研究上の遅れにもつながるジレンマがある。

 怒涛のような日々だった2月からの4ヵ月間、西浦は大学研究者としての活動をかなり抑えてきた。それは、東京に入った研究員メンバー(その中にはこれから学位取得のために研究を進めなければならない大学院生もいる)も同様だ。 「研究員のメンバーにも理解してもらってきたんですけど、今、僕たちは流行対策のために呼ばれているから、平日の日中の時間は流行対策に使って、リサーチを考えるのは、できるだけオフアワーになってからにしようと。だから夜になってからみんな、わらわらといろんな議論が進むんです」

 日中の流行対策の分析や、後には広報対応(西浦研の若手もTwitterで配信される解説動画に登場するようになった)で疲労困憊した後、それでも研究の話をするのは、研究者としての本能であると同時に研究者的な思考が対策上必要だからという部分もあった。特に、流行の初期はそうだったという。 「流行対策が始まった頃は、クラスター対策を形作らないといけないので、どんな場でクラスターができるのか、リスクが高いのは環境なのか、人なのか、あるいはウイルス量みたいな生物学的な要因なのか、といったものがまったく分かっていませんでした。そういう議論をオフアワーの疲れ切った中でもやっていましたね」

 そして、西浦自身、国際的な「最先端」の同業者コミュニティとのやりとりを欠かさない。各国でそれぞれ政府に助言をするような立場にある一線の研究者たちとのつながりは貴重なものだ。それぞれの国の対策には個性がありつつも、背景にある知識や方法論は共通しており、意見交換を通じて常にチェックし合うこともできる。 「毎金曜日はWHOの『モデリングコール』というのに出ています。各国の感染症モデルの研究者が、今自分の国でこういうものをやっていて、あるいは科学的に重要な見解としてこういうものがあって、みんなはどう思う? といったことを聞けるところです。そこでは、もし軽症だったり、無症候性の感染では抗体が付かないときはモデル上でこういう修正ができると思うんだけど、どう思う?みたいな、そんなアイデアさえ出始めていて、みんな素早いなと感心します。自分は厚労省のビルの中でひいひい言っているだけではいけないと自戒の念を抱き、遅れを取り戻さないといけないと強く感じますね」

 西浦が、研究で明らかにしなければならないことは多い。COVID-19の様々な特異な特徴は「感染症数理モデルへの挑戦」のような部分もある。また、そもそも論として、第1波と第2波の対策がそれぞれどれだけ効果があったかということも評価しなければならないし、さらにそもそも論として、結局、日本ではどれだけの人か感染してきたのかということも、今後の対策を考えるためには必須の検討事項だ。日本で欧米なみの爆発的な感染の増加や死亡者の増加にならなかったことについて、対策以外の生物学的な理由があったのかという点も、多くの人たちが疑問に思っている。こういった問いにひとつひとつ答えていくことは、そのまま日本の対策をより頑健にするものだろう。

 というわけで、西浦が平穏に北海道で分析し、論文を量産できることを今は祈っている。それは、とりもなおさず、大きな再流行がなく、現場でのリアルタイムでの分析が必要な局面が少ないということでもあるのだから。

必ず再流行はある

 もっとも、西浦自身は、あまり楽観していない。 「必ず再流行すると思っています。小さい規模でも再流行が起こり、それに対応することがまた繰り返されると思います。そこで皆さんがまた学習をして、新しい生活様式が根付いていくことになるのかもしれません。今のように経済的な理由で前のめりになって、なし崩し的にリスクが高くなるのではなく、ハイリスクのところだけを止めてスマートな接触の削減ができるようになって、流行が防げるんだという状況を、何とかして形作っていかないといけないです」

 安全で効果もある使いやすいワクチンが開発されるまでの場つなぎを頑張って、なんとかそのゴールまで走り切ること。そのためには、西浦が言う「スマート」な新しい生活様式が必要だということにつきる。「ハイリスク」なところへの配慮も常にセットにしていくことも常識にしていかねばならない。  そして、その後も、「元の生活」に至るまでには、いくつものチェックポイントを経なければならない。その際、何か大きな一里塚となるようなものはないだろうか。例えば、オリンピックのような巨大なスポーツイベントは? と問うたところ意外な答えが返ってきた。

 「これから、どんどん生活が変わっていってその中でいろんなものが戻ってくる中で、文化活動とスポーツ活動は画期的なランドマークになると思っています。だから率直に皆さんに喜んでもらいたいと思うんです。例えばプロ野球やJリーグが、無観客でも私たちの生活の場面に戻ってくるということ。そういうのは、全員で勝ち取った一つの勝利になるんですよね。だから、政治的な面では諸説入り交じるんですけれども、あくまでその文脈で言うと、世界中のアスリートが真剣なまなざしで、人生を懸けて戦うオリンピックも、この感染症に関して人類が勝ち取るものとして、とても大きなことだというのは間違いないです」

 しかし、東京オリンピックは1年後だ。その頃までに安全で有効なワクチンが開発され、普及している可能性はとても低いだろう。仮に世界各国で流行が制御されていたとしても、まだ「混ぜるな危険」という時期に違いない。 「もちろん人の移動を伴うリスクということを考えると、世界中から観光として東京に人がたくさん来るということは、ちょっと難しいのかもしれません。ですけど、自分たちがやり遂げて、今、スポーツが戻ってきたということは、皆にとって一番喜ばしい材料の一つになると思うので、専門家の端くれとしては、そういうことを尊重していきたいと思うんです。その象徴がオリンピックだとすれば、1年で達成できなかったら2年でもいいので、無観客でも必ずやるべき重要なことだと思っています」

 以上、厚労省のビルから北海道の研究室に戻る間際、西浦から聞き取ったことをまとめた。

 メッセージのエッセンスは、まさにこれからも続く「新しい生活様式」の日々について、これまでの文脈を共有し、反省点も共有し、かなり先にあるゴールまでモチベーションを失わずに走り切ろう、ということにつきる。そして、ふたたび、かつてと同じではなくても、人類が古くから育んできたたくさんの大切なものを取り戻していこう。まさにその第一歩を我々は歩みだそうとしているということだ。


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◆にしうらひろし

1977年大阪府生まれ。宮崎医科大学医学部卒、広島大学大学院医歯薬総合研究科修了(保健学博士)。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学、香港大学で専門研究と教育を経験。2016年より現職。 専門は感染症数理モデルを利用した流行データの分析。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で「3密」を特定し、人との接触機会の8割減を唱えたことから「8割おじさん」という異名を持つ。

【聞き手】
◆かわばたひろと

1964年兵庫県生まれ。東京大学教養学部卒業。ノンフィクション作品に『PTA再活用論』『我々はなぜ我々だけなのか』(科学ジャーナリスト賞、講談社科学出版賞)など。小説作品にフィールド疫学者が主人公の『エピデミック』など。