今こそ伝えたい新型コロナ 「隙を突くウイルス」の本質 後編

西浦 博(京都大学教授)×川端裕人(作家)
 厚生労働省クラスター対策班でデータ分析に従事し、「8割おじさん」と呼ばれた数理モデルの第一人者が、新型コロナ対策の舞台裏で繰り広げられた政治との格闘、サイエンス・コミュニケーションの葛藤と苦悩、科学者たちの連帯と絆まで、熱い本音を語った奮闘の記録。そんな新刊本『新型コロナからいのちを守れ!─―理論疫学者西浦博の挑戦』(中央公論新社)が12月10日に刊行された。
 出版を記念して、Go To トラベルやイートが導入された10月半ばに行われた対談記事(西浦博教授と、同書の共著書・川端裕人氏による対談)の「前半部」をお届けする。
先に掲載した同対談の「後半部」(https://chuokoron.jp/science/115452.html)もご参照ください。

 
目次
  1. 京大で「司令官」養成
  2. 「解禁」イメージの罠
  3. 「夜の繁華街」をめぐる真実
  4. ワクチンの普及は春以降
  5. 一人ひとりの行動が伝播を左右する
  6. 「ファクターX」はあるのか?

京大で「司令官」養成

川端 北海道大学教授だった西浦先生は新型コロナウイルス(以下、コロナ)感染症拡大を抑えるべく、厚生労働省に缶詰になって「クラスター対策班」で活躍。感染症理論疫学を駆使し、接触の8割を制限して感染拡大を抑えようと訴えたことから、「8割おじさん」として注目を集めました。「第一波」が収束して緊急事態宣言の解除を受け、西浦さんは東京から引き揚げましたが、その直後の八月、京都大学に移りましたね。この経緯をお聞かせいただけますか。

西浦 京大教授就任のお話をいただいたのはコロナ以前、昨年の初夏でした。北大で公衆衛生学修士が取得可能なコースを立ち上げ、医師や保健師、臨床検査技師など少数精鋭の感染症専門人材を得て五年ほど、北海道での育成モデルが軌道に乗り始めた時期でしたから、あまり移る気はなかった。しかしコロナの流行が起きてみて後から実感したことでもありますが、この分野でリーダーになる存在がいないことに気づき、質の高い次世代の専門家を育成しておく必要性を強く感じました。それができるのは今の日本では東大か京大しかない。期待していただいているのならやろうか、と。とはいえ、北大では春に医学部も修士課程も集中講義の責任を担っていたので、異動は八月に。春以降、東京の厚労省に詰めることになり、北大の講義はリモートになってしまったのですが。
 北大で学んでくれたメンバーのような、専門技術を持ちながら地域に根を張りベッドサイドで最善を尽くせる人材も必要ですが、それに加えてラボで司令官的な役割を果たせる人が全国で五~一〇人いると、感染症に対する日本の布陣は盤石になります。まずはそこを達成しようと、異動を決意したのです。
 現在、厚労省のリスク評価機関であるアドバイザリー・ボードにも参加しています。京大での立ち上げが忙しかったので、一部はリモート参加にさせてもらえて助かりましたね。

「解禁」イメージの罠

川端 七月にお話を伺った際には、七~九月に多少感染者数が増えるかもしれないが、問題は十月以降、交通の往来が通常に戻った時だとおっしゃっていました。第二波の印象はいかがですか。

西浦 人々の接触が戻れば流行が再び拡大に転じる、つまり第二波が到来することは予測していました。治療手段が次第に出来上がってきて、重症化した患者が死亡するのを防ぐことが可能になることや、高齢者の接触自粛により若年者中心の軽症者間で感染が起きていくことも、概ね予想通りです。
 ただ、接触の戻りがここまで早いとは思っていませんでした。これは日本の緩和政策が欧州各国より丸一ヵ月以上早かったことに帰するもので、結果として第二波は予想より、そして欧州各国よりも相当に早く到来しました。往来の再開による影響が出るのはこれからなので、最小限に抑える方法について研究をベースに必死に考えているところです。
 さまざまな制限が解除されると、皆さんは「あ、解禁されたんだ」と思い、一気に活動し始める。それがこの感染症の非常に興味深いところです。二月の接触率と七月の接触率は、相当に違う。感染者が急増し、休業要請や外出自粛が叫ばれている時には、人々の行動が明らかに抑制され、逆に「解禁」となると一気に増える。GoToキャンペーンも、七月には流行の明確な加速はさほど見られませんでしたが、十月に東京発着が加わったことで、事情が変わる可能性があります。現在、データを慎重に分析しています。

川端 未だに続くこの第二波は、新規感染者数こそ第一波よりずっと多いけれど、重症患者数や世間の危機感は、はるかに小さい。どう分析されていますか。

西浦 第二波では、致死率と重症化率が明確に低下しています。若年層の患者が増えたせいなのはもちろん、年齢別で検討しても減っている。第二波の重症化率は第一波の六~七割です。致死率はそのさらに三分の一まで下がっている。
 重症化率の低下は、主に診断バイアスの是正によるものだと思います。これまでは検査数を抑えるため、発病していても未受診や未検査のケースが多かった。きちんと診断されるようになったことで、軽症や無症状の感染者が診断されることが増えました。比較的早期からの治療も可能になった。致死率の低下は、副腎皮質ステロイド薬「デキサメタゾン」や抗ウイルス剤「レムデシベル」、抗血液凝固薬「ヘパリン」による治療が重症患者の治療法として確立してきた成果でしょう。適切に早期治療すれば、かなりの割合で救命できるようになったと伺っています。第一波で亡くなったような人の半数以上は、助かる可能性がある。多くの臨床現場で、論理的なオプションが総当たり的に試されるという状況からはひとまず脱したわけです。

川端 何もせず野ざらし状態であれば被害想定の数字のままだったけれど、現在では重症になった人も救える割合が高くなってきたのですね。

西浦 はい。「アビガン」の有効性は臨床研究としての実証はまだで、重症化を未然に防止するための治療法は、今のところ検討中の状況です。しかし、重症条件を満たした人の約三分の二は高度医療によって助かっていて、命を落とす割合は劇的に減っている。残りの三分の一がなぜ助からなかったのか─治療機会自体がなかったのか、治療が奏功しなかったのか─がわからないのですが、臨床現場のデータが出揃って分析されれば、治療の成果がより明確になるかもしれません。
 しかし、まだ手放しで喜べる状況ではありません。八十代以上の高齢患者の中に、重症患者の定義を満たさないまま亡くなっている方が相当な割合でいるのです。施設や病院内で感染し、積極的治療を受けずに看取られた人たちもいる。彼ら全員を治療しようとすると病院に負荷がかかりすぎ、過度な需要は医療崩壊のリスクにつながります。第一波の時ほど恐れる必要はありませんが、大規模流行を起こしても大丈夫というわけではない。

「夜の繁華街」をめぐる真実

川端 夜間の繁華街のようなハイリスクエリアの制御と市中感染の関係性について、現在の知見を伺えますか。

西浦 大阪では「五人以上の会食をやめてください」と知事が要請され、飲食店への営業自粛要請が出ると、その翌日に感染時刻ベースの実効再生産数が1を下回りました。東京でも同様の現象が見られた。新宿やミナミのような大規模歓楽街は、全人口に波及する流行のリザーバー(伝播が維持される機構)の役割を担っていることが明確になりつつあります。つまり、夜間の接待飲食業の方たちは感染や風評の被害者である一方で、人口全体にとっては感染源にもなり得る。当事者たちは被害者だと思っていますが、感染すれば社会の他の層に流行を拡大させる起源にもなってしまう、という難しい状態です。しかしこれまでの流行では、繁華街での流行が収まれば他の場での伝播も比較的収まったと言えます。コロナは、皆が密な場を避けている状況で最も接触の起きやすい場で伝播が止まれば、それ以上広がり続けるような感染症ではないのです。防ぎ得るのだから、対策をしよう。クラスター対策班が唱えてきたコンセプトが、実証されてきたと感じます。
 でもまだ問題はあります。一つは、じゃあどうするのか、ということ。夜間の接待飲食業の方たちが合意の上で営業自粛をして、十分な政府の補償とともに皆が納得するというオプションは現実的には難しそうです。また、抗原検査やPCR検査を集中的に受けてもらいたくても、お店側は感染者が出れば営業停止になるので、検査は絶対にしたくない。検査センターが設置される構想はありますが、実効力がありインセンティブも明確な制御戦略への道のりは険しいと思います。
 もう一つは、夜の繁華街ばかりが注目され、他の可能性が検討されていないという問題です。繁華街で伝播が起きたのは確かですが、日本での流行は、いきなり銀座や新宿で発生したわけではない。流行初期に伝播が起きた場は、例えばフィットネスクラブ、宴会、バスの中などでしたよね。伝播に関わった感染者の多くは高齢者でした。今そうした場で伝播が起きていないのは、ハイリスクを自覚した高齢者の多くが接触を避けているからだと思われます。彼らの接触が戻れば、繁華街のようにリザーバーとなるかもしれない。理論的には、夜の繁華街における流行制御は必要条件でこそあれ、十分条件かどうかはわかっていないのです。

川端 ごく普通の場所でクラスターが発生することってありますよね。例えば「昼カラ(昼カラオケ)」。昼間だし、普段からやっていることだしと、危機感を持っていなかった。

西浦 そうなんです。感染者が増えている中で(社会の感染リスクが高い中で)従来通りのような接触が起こると、あっという間に戻ってしまう。第一波の時、屋内空間に高齢者が集まり、窓を閉め切って食事や話し合いをした結果、クラスターが起きたことがありました。その関係者が「油断した」と真摯にコメントされていましたが、まさにそういうことなのです。密閉空間で密な接触があれば伝播するのは当然なのに、繁華街が大きく取り沙汰されたことで、この感染症の伝播の本質が見えなくなってはならないのです。

ワクチンの普及は春以降

川端 ワクチンの開発については、どんな状況でしょうか。

西浦 第Ⅱ相試験である程度の安全性が評価され、より多くの対象者を相手にした第Ⅲ相試験が始まっています。すでに言及されているように、この冬に間に合うのは極めてごく一部で、冬を越えたあたりから実際の接種が始まると考えています。
 接種の優先度については、新型コロナウイルス感染症対策分科会(医師などのメンバーが政府に助言してきた「専門家会議」が廃止された直後の七月、幅広い有識者を集めて設置。以下、分科会)が医療従事者と高齢者からと提言しました。国は新型インフルエンザの時の混乱を踏まえて、国民全体のコンセンサスを得たいと考えているようです。これは数理モデルでも分析可能な部分なので、研究者として私も検討してきたのですが、第一波以前と第一波後では、優先度の結果が違うんですよ。高齢者が覚悟を持って危険な接触を避けていて、感染が相当減ってきている。自粛の呼びかけ以前のデータだけ見れば、感染のしやすさに年齢差はなく、死亡リスクを勘案すると高齢者を優先させるべきという結果が出ますが、第二波のデータを使えば、伝播を止めるには若年者を優先すべきという結果が出得る。つまり、皆さんがリスクの高い場所を認識し、そこを避けることによって、伝播の動態自体が変わったのです。この結果には僕らも圧倒されました。コロナ感染対策における、コミュニケーションの重要性を痛感しました。

川端 ということは、今なら、重症化しやすいハイリスク集団、例えば高齢者よりも、流行のリザーバーになっている集団にワクチンを接種したほうが、全体のためにはよい結果が得られるということですか。

西浦 伝播を止めるための理論上はそうなりますが、それが最適な政策とは言えません。若年者の間で伝播が起きているからと、若者に接種しても、流行が完全に収まっていないうちに全年齢層で接触行動が戻れば、犠牲になるのはやっぱり高齢者なんです。巷では、自粛期間中の実効再生産数の推定値を使って集団免疫のを議論している方もいますが、その数値は集団免疫閾値の議論に有効ではない。流行対策が始まる前のまっさらな状態を基に必要な対策を分析しないと、接触が戻ってきた社会では免疫保持者が足りないということが起こり得るので、対応困難ということになりかねませんから。

一人ひとりの行動が伝播を左右する

川端 第一波が起きた時、西浦さんは恨まれる覚悟で「接触を八割削減」とまで唱え、そのおかげで日本はなんとか医療崩壊を防ぐことができた。これはすばらしい成果だと思いますが、世間では逆に「あそこまで必要だったの?」と言う人が出てきたし、第二波が思ったよりマイルドだったために気を抜く人もいた。そこでまた感染者数が増えると、「やっぱり気を抜いてはダメなんだな」と多くの人が実感した。この感染症の場合、こうした「人々の実感」が予防に大きく影響していたような気がします。

西浦 そうですね。皆さんのちょっとした行動変化が、ここまでダイナミックに感染状況に影響する感染症は珍しいです。一人の感染者あたりが生み出す二次感染者数のバラつきが広く、伝播が密な環境で起こることにもそれは表れていますよね。そういう場での伝播が起こり得る接触行動を取るのかどうか、が二次感染動態を大きく左右するということだと思います。トランプ米大統領の感染とホワイトハウス内のクラスター発生は、市中の制御と自身らの接触行動をそのまま映し出しているのでしょう。要人の感染も、市中の感染リスクに大きく依存すると考えています。

川端 日本でもまだニューヨークのように、至るところで感染が発生する状況は起き得るのでしょうか。

西浦 第一波の時の可能性と比較すると相当低いですが、一つの想定として考えています。ニューヨークでもそうだったと思いますが、伝播は屋内環境でかつ濃密な接触に集中して、二次感染が連発して起きていました。そういう場を削減すれば、防ぐことはできる。今、東京はくすぶっている状況で、ここから感染が広がっていく可能性はもちろんまだあると思います。皆さん気をつけてはいますが、カフェでコーヒーを飲んだ時に隣に大声で話す人がいるとか、知人にばったり会って一五分だけ室内で立ち話したとか。それぐらいの「隙」を突いたような場面で、伝播は起き得るようなのです。メリハリのある対策といっても、専門家でさえそういう隙はあると思います。
 欧米圏の人はハグやキスといった身体接触の習慣があるから伝播しやすいのではないかと思う方が多いのですが、それだけでしょうか。至近距離で顔を突き合わせて話すような文化の浸透度まで定量化しなければ、因果関係の実証は困難だと思います。

「ファクターX」はあるのか?

川端 徹底的な検査に基づく感染者の同定と社会全体の活動縮小以外の感染抑制要因、山中伸弥氏が言うところの「ファクターX」について、何かわかったことはあるでしょうか。

西浦 二つあります。一つは、一時期、毒力がマイルドなウイルスが存在していたということです。シンガポールやマレーシアで流行の初期に出回っていたウイルスで、ほとんど死者を出していなかった。シンガポールは死亡者の絶対数が著しく少なく、日本の致死率は一・五~二倍。それはウイルス自体の毒力が弱かったからだと考えられています。
 また、伝播のしやすさについても、エビデンスが出てきています。ウイルス遺伝子の変異プラスアルファの条件が揃うと、感染性の高いウイルスができ得ることが実験上わかってきた。このウイルスは、ちょっとした変異でその本質が変わり得るようなのです。
 こうした変異ウイルスが日本の流行に影響したかどうかはわかりません。医療崩壊を防げたこと、国民一人ひとりが接触を減らしたことで感染の連鎖が止まってきた─日本の状況の本質はそちらのほうにあると思います。今循環しているウイルスが弱毒化しているという明確な知見はありませんし、マイルドなウイルスも日本で出回ってはいないので、そこは考えないほうがいいでしょう。
 あと、BCGワクチンや細胞性免疫の関与なども一部判明していて、今後それらがより詳細に整理されてくると思います。

 

構成:高松夕佳

〔『中央公論』2020年12月号より抜粋〕

理論疫学者・西浦博の挑戦――新型コロナからいのちを守れ!

西浦博、川端裕人(聞き手)

2019年大晦日。西浦博は、武漢で未知のウイルスが流行の兆し、との情報をキャッチする。1月16日には日本で最初の症例が確定。急遽、北海道から東京へ向かうこととなる。のちにクラスター対策班につながる初動であり、6ヵ月にわたる予想もしない日々の始まりだった。 武漢からのチャーター便の帰国直後、ダイヤモンド・プリンセスが寄港。一気に感染者が押し寄せ、日本は流行に突入する。そして、2月22日、加藤勝信厚生労働大臣より「エマージェンシー・オペレーティング・センターを作るので、中心に立って流行対策にアドバイスしてほしい」と要請される。日本で初めて、感染症対策の専門家が政策決定の中枢に入る、画期的な出来事であった――。 厚生労働省クラスター対策班でデータ分析に従事し、「8割おじさん」と呼ばれた数理モデルの第一人者が、新型コロナ対策の舞台裏で繰り広げられた政治との格闘、サイエンス・コミュニケーションの葛藤と苦悩、科学者たちの連帯と絆まで、熱い本音を語った奮闘の記録。

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西浦 博(京都大学教授)×川端裕人(作家)
◆西浦 博〔にしうらひろし〕
1977年大阪府生まれ。宮崎医科大学医学部卒業、広島大学大学院医歯薬総合研究科修了。博士(保健学)。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学、香港大学、北海道大学などで専門研究と教育を経験。本年8月より現職。専門は感染症数理モデルを利用した流行データの分析。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で3密を特定。人との接触機会の8割減を唱えたことから「8割おじさん」と呼ばれた。

◆川端裕人〔かわばたひろと〕
1964年兵庫県生まれ。東京大学教養学部卒業。日本テレビ報道局で科学報道に従事し、97年よりフリーランス。ノンフィクション作品に『PTA再活用論』『我々はなぜ我々だけなのか』(科学ジャーナリスト賞、講談社科学出版賞)など。フィールド疫学者が主人公の小説作品『エピデミック』を執筆・刊行した2007年当時、西浦博氏に取材した経緯がある。近刊に『「色のふしぎ」と不思議な社会』。
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