どうする! 日本の地震予知
読者諸氏は、日本では当然のことながら地震予知のための研究が行われている、と思っておられるであろう。しかし、実はそうではないのである。地震予知が重要課題であることは多言を要しまい。ひとたび大地震に見舞われれば、多大の損害が生じ多くの人命が失われる。構造物やインフラの耐震強化と地震予知は、地震災害軽減の二本柱だ。
わが国では前者はかなり進歩しているが、それでも大地震の被害はしばしば甚大であり、一日でも、あるいは一時間前にでも予知されていたら、多くの人命は救われるであろう。だからこそ、どんなレベルでの世論調査でも地震予知は最緊急課題とされるのである。
ところが、世界最高の地震観測網を誇るわが国では、地震の予知には一度も成功したことがない。いや、予知を行ったことすらない。しかも、一方で国家的規模での地震予知計画が数十年にわたって行われてきたのである。このことはまともな予知研究が行われてこなかったことを意味する。
これはどうしたことなのか? どこに問題があるのか? そして、それを解決してゆくにはどうすればいいか?それが本稿のテーマである。
私事にわたるが、筆者は東大地震研究所にほぼ三〇年勤務したが、もっぱら地震予知とは直接関わりのないプレートテクトニクスなどの研究をしていた。しかし、定年間近になってある偶然から地震予知はせねばならぬと思うに至った。したがって国家規模の地震予知研究計画などにおいて指導的立場にあったことはない。以下に述べることは少数意見だが、おそらく誤ってはいないだろう。途中しばしば、話が脱線するがご寛容ねがいたい。
本命は短期予知
地震は大地の振動だが、それは地下の岩盤の破壊に伴って発生した振動─地震波─だ。破壊といっても、それは岩盤の弱線、すなわち断層が岩盤に加わる力によって急激にずれることだ。阪神・淡路大震災(公式名、兵庫県南部地震)のときの、淡路島の野島断層のずれは一ないし二メートルだった。岩盤にかかる力とは、年速何センチというゆっくりした運動をするプレート間の押し合いやずれによって生ずるストレスだというのが、プレートテクトニクス理論の主張だ。
二十世紀後半に地球科学に革命をもたらしたプレートテクトニクスは、地球の表層部一〇〇キロメートル前後の厚さの層が一〇個あまりのプレートに分かれていて、それらが相互に運動をしていることを明らかにした。世界の地震は主にプレートとプレートとの境界部で発生している。日本には太平洋プレートやフィリピン海プレートが押し寄せてきて、日本列島を押しながらその下に潜り込んでいるので、世界の地震の約一〇%が起こっている(図1)。
このように見ると、大雑把ながら、地震が起きるからくりの説明がつくが、事象の意味やからくりを理解しても予知ができないということは、株式相場にも人の生死についても当てはまる一般的事実だ。地震予知は問題にする時間スケールの長さによって、長期(一〇年以上)、中期(数年)、短期(一年以下)と大別される。長期や中期予知は過去例に基づく確率予測で、今後X年間にA地域にマグニチュードMの地震が起きる確率は何%といった予報であり、都市計画とか、地震保険料の設定などにとっての意義はあろうが、あくまで確率であり、それ以上でも以下でもない。本稿ではもっぱら「短期予知」を問題とする。それこそが、市民の生死に直接関わる予知であり、科学的にも最高のチャレンジだからだ。
最近では、「緊急地震速報」が話題になっている。しかし、長い警告時間がとれるような遠方の地震では大きな被害は起きないし、近くでの大地震では警告時間は限りなくゼロに近くなってしまう。大工場や精密機械の操業停止、新幹線や高速走行車の減速、外科手術中の応急処置などには役に立つ可能性はあるが、これは地震予知とはいえない。
地震予知は、1「いつ」、2「どこで」、3「どの大きさ」の地震が起きるか、の三項目を有意な精度で明示しなければ意味がない。「そのうちに日本で大地震が起きるだろう」では話にならないし、三項目のうちどれか一つが欠けても同断。目的や社会状況によって有意な精度には相当の幅があろうが、現在の先端的予知技術では、1は数日以内、2は半径一〇〇キロメートル以内、3はマグニチュード1以内の精度は達成しうるだろう。
ここで地震の大きさ、震度とマグニチュードについて一言説明したい。震度とは特定の場所での揺れの強さであり、マグニチュード(M)とは地震のエネルギー規模である。電灯の下でのある場所での明るさ(ルクス)と電球そのもののワット数との関係と同様だ。
ちなみにMの小さい地震のほうが数は圧倒的に多いが、放出エネルギーは圧倒的に少数の大地震が担っている。Mが一つ大きい地震の頻度は約一〇分の一だが、エネルギーの方は約三〇倍だからだ。一つのM7地震のエネルギーは、一〇〇〇個のM5地震のエネルギーに匹敵するのだ。
さて前記の地震予知三項目のうち、もっとも難しいのは1「いつ」である。しかも、それが地震予知の本命なのだ。2や3については、地震観測やプレートテクトニクス的理解からほぼ予想することができるが、「いつ」を短期予知するには過去例は役に立たない。前兆現象を検知せねばならないのだ。