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小林「武蔵」の「放言」と、大岡「老兵」の復員(下)

【連載第五回】
平山周吉(ひらやま・しゅうきち)

悪態を浴びせ合う小林と青山

 大岡の「再会」には、もうひとつの読みどころがある。青山二郎が小林をイビり出すのだ。これもよく引用される有名なシーンだ。

「私を除いて酔って来た。Y先生がX先生にからみ出した。/「お前さんには才能がないね」/「えっ」/とX先生はどきっとしたような声を出した。先生は十何年来、日本の批評の最高の道を歩いたといわれている人である。その人に「才能がない」というのを聞いて、私もびっくりしてしまった。

「お前のやってることは、お魚を釣ることじゃねえ。釣る手附を見せてるだけだ。(Y先生は比喩で語るのが好きである)そおら、釣るぞ。どうだ、この手を見てろ。(先生は身振りを始めた)ほおら、だんだん魚が上って来るぞ。どうじゃ、頭が見えたろう。途端、ぷつっ、糸が切れるんだよ」/しかしY先生は自分の比喩にそれほど自信がないらしく、ちょろちょろ眼を動かして、X先生の顔を窺いながら、身振りを進めている。/「遺憾ながら才能がない。だから糸が切れるんだよ」

 X先生が案外おとなしく聞いてるところを見ると、矢は当ったらしい。Y先生は調子づいた。(略)「ひでえことをいうなよ。才能があるかないか知らないが、高い宿賃出してモツァルト書きに、伊東くんだりまで来てるんだよ」」

 小林はこの後に涙を流すので、大岡はびっくりしてしまう。小林は大岡と二人になると、「俺もこの頃は円熟して、人にもませるのが面白くなった」と言うのだが、強がりだろう。戦前から「青山学院」と称された青山二郎を中心としたグループの悪童連にあって、青山は小林と互角に闘える猛者であった。この晩、小林が青山に投げつけた言い返しの文句が私は気になる。

「つまんねえいたずら描きを、装幀だとかなんとか、本屋を欺かして、売りつけやがって。なんでえ、実はただの怠け者じゃねえか」

 小林と青山の悪態の浴びせ合いを読んでいると、青山が「創元」の有力執筆陣として登場するのが解せないのだ。青山は「創元」の創刊号に「梅原龍三郎」を、第二号に「富岡鉄斎」を寄稿する。「創元」の編輯は創刊号も第二号も「小林秀雄 青山二郎 石原龍一」の三人である。小林にとっての最重要なパートナーとなるのだが、その気配が、小説「再会」の二人のやりとりからは感じられない。青山の言い草は、自分が小林と同じように執筆の苦労をするとは夢にも思っていないようだし、小林の捨て台詞も、青山を執筆者と考えているようには見えないのだ。

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