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単行本『無常といふ事』がやっと出る(二)

【連載第十二回】
平山周吉(ひらやま・しゅうきち)

中国大陸行で得た児玉機関の庇護

『無常といふ事』は、「当麻(たえま)」「無常といふ事」「徒然草」「平家物語」「西行」「実朝」という六編の中世古典文学論を収めている。創元社の編集者だった評論家の佐古純一郎は、角川文庫版『無常という事』の解説で、当時を回想した。

「「実朝[「文學界」昭和18256]が完成された直後、小林秀雄は林房雄とともに朝鮮・満州・中国の旅に出かけた。そのころ、創元社の編集部に入社した私は、毎週一回、編集顧問としての小林秀雄に会う機会を与えられていたのであるが、中国に旅行する小林秀雄を横浜の中華料理店で編集部一同で送別した夜のことをなまなましく思い出す」

小林が「実朝」を書き上げたのは昭和十八年(一九四三)五月十日なので、その時点で単行本『無常といふ事』の構想は出来上がっていたとも考えられる。実際に本が出るのは、敗戦を挟み二年半以上たってからになった。その間、小林は中国大陸でも海軍を味方につけていた。児玉機関の面々である。児玉機関は海軍の航空畑の組織だから、同じ海軍でも平出英夫とはまったく違う。その親密さにおいても、児玉機関と平出大佐では天と地ほどの開きがある。それでも庇護者としての海軍に守られていたというのは小林にとっては幸運だった。そんなことは、小林の関知するところではなかったかもしれないが。

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