柴田錬三郎の魯迅との対比
もうひとり、本多秋五もやはり「文芸時評」(「蚕絲新聞」昭和21・12・13)で一年間を回顧して、「単行本では小林秀雄の『無常といふ事』、花田清輝の『復興期の精神』、この両著がとくに記録されねばならぬ」とした。他には、まだ小説家になる前の柴田錬三郎が「三田文学」(昭和21・9)の「文芸時評」で、小林を魯迅と対比させた。魯迅は三十代を古典に沈潜して、しかる後に、五四運動の先鋒として「狂人日記」以下を発表した。柴田の慶応大学支那文学科での卒業論文は魯迅だった。では、小林はどうか。
「小林秀雄が今日の日本文学革命にあって、緘黙を破る時こそ、彼の古典没入も意義を有するのであり、もしこのまゝ小林が立ち上らないとすれば、彼の西行も徒然草も糞にもならないのであり、彼が古典に韜晦した孤独の姿は贋物であり、寂莫なぞありはしなかったのだ。/寂莫のない作家が、古典に韜晦することなぞあり得ない」
「沈黙」する小林秀雄に対する期待が高まりつつあるのを感じさせる文章である。ここで柴田が魯迅を持ち出したのは、「近代文学」の座談会で小林が、「魯迅は好きです。作家としては一流ではない。だがあの人の演じた人生劇はいたましく立派です」と語っていたせいもあるのではないか。
※次回は11月25日に配信予定です。
平山周吉(ひらやま・しゅうきち)
雑文家
1952年東京都生まれ。慶應義塾大学国文科卒業。出版社で雑誌、書籍の編集に長年携わる。著書に『江藤淳は甦える』(小林秀雄賞)、『満洲国グランドホテル』(司馬遼太郎賞)、『小津安二郎』(大佛次郎賞)、『昭和天皇「よもの海」の謎』、『戦争画リターンズ――藤田嗣治とアッツ島の花々』、『昭和史百冊』がある。
1952年東京都生まれ。慶應義塾大学国文科卒業。出版社で雑誌、書籍の編集に長年携わる。著書に『江藤淳は甦える』(小林秀雄賞)、『満洲国グランドホテル』(司馬遼太郎賞)、『小津安二郎』(大佛次郎賞)、『昭和天皇「よもの海」の謎』、『戦争画リターンズ――藤田嗣治とアッツ島の花々』、『昭和史百冊』がある。