これから新書をどう売るか
――本を売るためにどのような工夫をしているのか教えて下さい。
小木田 売れるかどうかは、出してみないとわからないというのが本音です。幻冬舎は新聞広告を大々的に出すイメージがあると思うのですが、あれは発売して伸びそうとわかったものを集中的に宣伝しています。しかし、0を1にするのは、広告より本そのものの力に依るところが大きい。もちろん各担当者は売るためにいろいろ工夫はしますが、やっぱり出してみないとわからないですね。
草薙 出版不況の昨今、宣伝費もあまりかけられませんので、経費をかけなくてもできることをやろうとしています。編集部としてnoteの記事を作ったり、編集者の顔が見える形でTwitterで発信したり。ただ、こうした宣伝はどこまでやればよいか、終わりがないというか、やることがどんどん増えているのも事実です。著者がもともと有名で一気に売れるタイプの本はよいのですが、優れているけれど世に知られていない著者の書籍などはやはり工夫が必要です。試し読みや一部公開をさまざまな媒体で行ったり、SNSで感想をシェアしたり、刊行イベントをしたり。限られた時間でどこまでできるか。そこが難しいところだと思います。
大岩 うちも書籍の抜粋記事を東洋経済オンラインなどの他社サイトに掲載させていただいています。それから、場合によっては一般の読者数名に下読みをしてもらって、本の完成度を上げていくこともしています。
――これからの新書について、どのようなことを考えていますか。
小木田 幻冬舎新書全体としては、文系的な話題も理系的な話題もオールジャンルで、硬軟織り交ぜて扱っていこうと思っています。
自分が最近考えているのは、「反時代的」と「継承」です。今はウェブでクオリティの高い記事が無料でどんどん読めるようになっています。出版社のサイトもニュースサイトも充実している。そして、わかりやすさや面白さではYouTubeの動画には敵わないので、それらと勝負してもダメだと思っています。書籍でなければできないものを作る。ウェブの無料記事やYouTubeの動画には収まらないくらい掘り下げたり、網羅したり、俯瞰したりする。そのような観点からテーマや著者を考える。結果的に新書としては分厚いものになってしまってもいいし、値段が1000円以上になってもいい。これまではそういう新書は売れないと、できるだけ避けてきましたが、今はあえてそこを狙っていこうと思っています。
定年が見えてきて、自分の編集者人生を振り返って考えたときに、諸先輩が脈々と積み上げてきた知の営みの一つに新書という媒体もあると思うようになりました。教養新書には80年以上の歴史があります。もちろん自分の会社の本が売れること、自分が担当した本が売れることを目指しています。でもそれだけじゃない。自分が今、教養新書を作っているということは、長い歴史のなかの通過点であり、次の世代に新書という文化をバトンタッチして継承するという役割を担っていきたい。そんなことを、考えています。
草薙 20年に刊行された新書リストを眺めていて、読みたい本ばかりですごいなと思ったんです。テーマも多岐にわたり、ワンテーマでさっくり読めるものもあれば、中身が濃いものも。写真をメインで扱ったり、漫画を併用したり、なんでもできるんだなと。「無理だ」と言わずに新しい事をやっていきたいと思いました。今までなかったようなことを新書でやっていく楽しみがありますね。 これから景気が悪くなると、売れるテーマ・著者の本をという要請が高まるかもしれませんが、一見売れそうにないけれど大切なテーマや、思わぬベストセラーになる本を発掘することも忘れないようにしたいと思います。著者の成長を見守っていけるのも編集者の醍醐味ですよね。
大岩 20年に立ち上げた「世界の知性」シリーズはお陰様で累計47万部となりましたが、うち10万部は韓国、中国、台湾、タイなど海外での売り上げです。実は本シリーズは、最初から海外で売ることを念頭にテーマや構成を考えているのです。 『バカの壁』(養老孟司、新潮新書)以降、識者の語り下ろしを8~10万字でわかりやすくまとめるという編集方法が新書文化として脈々と受け継がれてきました。「世界の知性」シリーズの国外での売り上げは、新書が持っているこの強みが海外でも通用する証左だと思います。そういう意味ではこれからの新書の可能性は海外市場にある気がしています。
国内市場では、16年の『応仁の乱』(呉座勇一、中公新書)の売れ方が参考になると思っています。あの本はまずTwitterで話題になり、それを端緒に全国の書店で売れました。新書の強みは、全国の多くの書店に専用の棚があること、安価なことです。ベストセラーになりやすい環境が整っているのですね。
『応仁の乱』が歴史クラスタに刺さって、ベストセラーになったように、今私がTwitterで気になっているのはフェミニズム・ムーブメントです。この流れに接続している新書がまだ出てきていない。『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著、斎藤真理子翻訳、筑摩書房)は韓国の小説ですが、そこで描かれている問題意識が日本の女性にも刺さって10万部以上売れました。これが新書でもできないか。これはほんの一例ですが、海外やSNSの世界など、まだまだ新書の可能性は残されている。新たなフィールドで読者層を発掘していきたいです。
構成◎杉本健太郎
「新書大賞2021」上位20冊までのランキングと、有識者59名の講評など詳細は、2021年2月10日発売の『中央公論』3月号に掲載されています。
特設ページでも上位20位までのランキングを掲載しています。
「新書大賞」特設ページ https://chuokoron.jp/shinsho_award/
1966年長野県生まれ。90年、PHP研究所に入社。PHP新書編集部を経て2005年、幻冬舎に入社。幻冬舎新書創刊に携わり現在に至る。担当書籍は『宇宙は何でできているのか』『来るべき民主主義』『自分の頭で考える日本の論点』など。
◆草薙麻友子(くさなぎまゆこ)光文社新書副編集長
1974年東京都生まれ。98年光文社に入社。『FLASH』編集部を経て、2002年光文社新書編集部に。これまでの担当書籍に『下流社会』『子供の「脳」は肌にある』『炭水化物が人類を滅ぼす』『労働者階級の反乱』など。
◆大岩央(おおいわひさ)PHP新書副編集長
1984年愛知県生まれ。2008年、PHP研究所に入社。女性誌や実用書の編集部を経て、15年PHP新書編集部に。最近の担当書籍に『実行力』『男性の育休』『未完の資本主義』『世界史の針が巻き戻るとき』など。