脱ガラケーから「遷都」まで。行政の電子化をキーマンが語る
いまなぜ「デジタル遷都」か
平》私が個人的に提案している「デジタル遷都」は一言で言えば、リアルな社会にある現在の行政機能を、デジタル空間に移すことです。
新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)によって、デジタル化の必要性、あるいはテクノロジーの進展に合わせた規制改革の必要性が顕在化しました。いまこそデジタル・ガバメントやDX(デジタルトランスフォーメーション、デジタルを中心にしたビジネスモデルの再構築)を強力に推し進めるべきです。
宮坂》一九九五年頃にインターネットが普及し、リアルの地球とは別に、デジタルという名の「新大陸」が発見されました。一部の企業や国は、それに賭けようと果敢に挑み、この二〇~三〇年間でぐっと伸びました。
一方で、様子見をしているうちに乗り遅れてしまった国や企業もありますが、いまではその必要性を理解しています。官民一体、立場を超えてデジタルという新大陸に行こうというのは大賛成です。
平》官民ともにデジタル化すると、地域差がなくなります。いまは職場の近くで家賃が高く、狭い部屋に住んでいるとしても、基本的にリモートで働けるのであれば、広く、庭付きの家に住むという選択肢も出てくる。「密」から「疎」への移行という社会的な要求にも応えられますし、多様性も広がっていくと思います。
宮坂》コロナ禍以降、ますます東京一極集中が議論の的になっていますが、それは東京対地方という、あくまでも地理的な話です。デジタル化を進めていけば、地理的な制約は消滅していきます。デジタル化によって世界がどんどん小さくなっている中、地理的な物差しによる一極集中の議論は本質的ではありません。
デジタル化の本質は、いま地理的空間で営まれている社会のすべての機能をデジタル空間に移して「できる化」していくところにあります。それが進めば進むほど、地理的な空間の格差はほとんどなくなり、東京対地方どころか、日本対世界という文脈で見ても、何ら違いがなくなってくると思います。
デジタルは自然災害にも強い
平》デジタル・ガバメントの実例として、エストニアがよくあげられます。エストニアのデジタル・ガバメントが進んだ背景には、隣の大国からいつ侵攻されるかわからない危機感があり、もし国土を失っても、世界中に散らばった国民がデジタル・ガバメントと繋がることで、国家を存続させることができるという考えがあった、と聞きます。
日本の場合、侵略のリスクよりも、大地震などの自然災害で多くの方が亡くなるリスクが身近にあります。地球温暖化やスーパー台風などの被害も考えられます。デジタル・ガバメントを作れば、自然災害にも強い、持続可能性があって強靭な政府にすることができると思います。
宮坂》IT化が進んでいるロンドンやニューヨーク、シンガポールといった都市には、行政組織の中にIT関連のエンジニアが数千人単位でいます。しかし、東京は一〇〇人以下、本当の意味でコーディング(コンピュータ言語で指示・命令を書く作業)ができる人は一〇人程度かもしれません。あとはすべて外注です。これでは行政のデジタル化は進みません。
東京都のデジタル化は遅れているといわざるを得ませんが、上下水道や交通インフラなど世界でも有数のシステムを持っています。その部署を見てみると、やはり土木や機械のエンジニアがたくさんいます。これからは、デジタルのエンジニアにも行政組織に参画してもらわなければならない。しかも一〇人、二〇人ではなく、一〇〇〇人単位でないと、東京サイズの大都市ではうまくいかないと思います。
平》国も、デジタル化を進めるためには、ある程度の数のエンジニアを抱えて内製化できるようにしなければなりません。一方で、一七〇〇の地方自治体のすべてがエンジニアを抱えなければいけないわけではなく、効果的な人員配置を考える必要があります。自治体が自前でエンジニアやサイバーセキュリティの人材を抱えることには限界がありますから、共通システムやクラウドを用意し、そこに参加してもらえるようにしたいと考えています。
また、中央官庁には省庁の縦割りがあるので、これを壊さなければなりません。各省庁に任せておくと、例えば、サイバーセキュリティの基準をバラバラに作ってしまう。民間と違って、情報漏洩や外国からのウイルスの攻撃のリスクも高いので、不必要にインターネットには繋げたくないが、全く繋げないわけにもいきません。どの程度のリスクまで許容するのかというバランスを議論しなければならないのですが、かなり難しい。こういった課題を整理し直さなければなりません。
ただ、今年から政府全体の情報システム予算の一般会計約四八〇〇億円のうち、各省共通の約七〇〇億円が内閣官房IT戦略室の一括計上になりました。さらに三年以内にシステム基盤を一括調達する方式に移行することをめざします。これによって、各省が個別にベンダー(製造元)に依頼するという弊害を取り除くことができますし、コスト削減にもなる。人数もそれほど増やさなくても済むはずですし、クラウド化も一気に進むと思います。
(中略)
公務員と議員はガラケー率が高い!?
宮坂》先日、面白いアンケートを見ました。デジタル・ガバメント化を進めるにあたり、基本的にはスマートフォン利用人口がどれだけいるかがベースになりますが、残念ながら、日本は世界に比べてスマホ人口が少ない。職業別の利用率では、公務員は突出してガラケー利用率が高い。民間では一〇パーセントを切っていますが、私の見た感じでは公務員の二〇パーセントくらいはガラケーです。議員の先生方もガラケーが多い。
平》私の見る限り、有力国会議員にもガラケーの方は多い。(笑)
宮坂》そこを変えるには、日常的に使う道具から変えていくことです。仕事のメールをチャットに切り替える、資料はメール添付ではなくクラウドの共有ファイルにみんなで書き込む、会議をオンラインにする、エクセルではなくSaaSのアプリケーションに入力することに慣れていく......、そういったことが大事だと思います。
先ほどデジタル人材が必要だといいましたが、全員がプログラミングできる必要はありません。しかし、わからないと困る。慣れていないものに急に切り替えるのは難しいから、少しずつ慣れていくことです。
平》COCOA(新型コロナウイルス接触確認アプリ)について議員の皆さんに説明した時に、「これを機にスマホにしてください。もしも陽性の国会議員が出た時に、私はガラケーなので接触確認アプリを入れていないと国民に言えますか」と問題提起をしました。各自治体の首長さんも、場合によってはITに関するリテラシーや理解度が地域住民の命を左右することがあるかもしれない。真剣に考えてほしいと思います。
宮坂》デジタルに慣れていないと、間違った意思決定をしてしまう恐れがないとはいえません。
組織を横に繫ぐチームが不可欠
平》コロナ以前には、保健所はよく機能していました。しかし、保健所の情報を市区町村、都道府県へと上げ、さらに国に報告が上がる過程がスムーズにいかなかった。そのやりとりを一気に解消するために導入したのが、先ほど話題にしたHER─SYSです。みんながクラウドに入力し、そこから情報を得るようにしました。しかし、二つの問題が残っています。
一つは、個人情報保護条例が自治体ごとにまちまちなので、これを標準化しないと、情報の流通は迅速にいかない。
もう一つは、独自のサーバーとソフトを動かしている自治体もあるので、国がクラウドを用意したからといって、いままで投資してきたサーバーを捨てなさいとは言えない。かといって、更新の時期を待っていたら何年も先になってしまう。
この二つに手を付けないと、いつまでもデジタル・ガバメント化はできません。
宮坂》個人情報の扱いについては慎重であるべきです。非常時になると「みんなのためだから」と圧力がかかりやすくなります。しかし、過去の感染症の歴史をひもとけば、情報公開に関する問題がたくさんあったわけですから、勇み足にならないようにしなければいけない。行政は抑え気味でいいと私は思います。
平》同感です。韓国と台湾がITを駆使した感染症対策で効果を上げたと言われていますが、韓国のように位置情報を使うことは日本では想定しません。COCOAは、インストールも陽性になった時の登録もオプトイン(承認式)ですし、位置情報も取りません。電話番号も名前も取らない仕組みにしています。
また、台湾がうまくいった理由は、みんなが持っている保険証にICチップが入っていたことが大きい。それにならうなら、日本はマイナンバーカードの普及に努めるべきです。
ただ、デジタル・ガバメントの推進やビッグデータの解析、EBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング、証拠に基づく政策立案)といったことを考えると、個人情報においても、みんなが納得できる基準は必要だと思います。
宮坂》情報は流通させてなんぼですから、情報のフォーマットや定義を決めておくことはとても重要です。
システムを統合することが難しくても、情報の標準化だけは絶対にやっておかなければなりません。最低限、情報の項目を揃えておけば、システムがバラバラでも合体できます。
コロナでは、データを入力する項目が違ったりしているので、手作業で調整をしなければならないために、情報の目詰まりの一因になりました。
政府は数年前からオープンデータ化を進めていますが、自治体もオープンデータのフォーマットを全国で揃えていくように努力しなければなりません。フォーマットも揃えられないのにシステムを揃えようというのは難易度が高すぎます。
平》デジタル遷都のような、行政機能をサイバー空間に移す作業は、国だけがやっても仕方がありません。サービスを受けるのは、国民一人一人であるのに対して、サービスの提供側には市区町村、都道府県、国があり、それぞれに役割分担があるわけですが、この窓口を一元化し、業務フローを一体化しなければなりません。自治体と議論を深めてビジョンを共有しないと、デジタル・ガバメントは機能しないでしょう。予算と権限をもった専門の執行集団が必要です。
宮坂》同感です。どんな組織も事業別や顧客別に作られるので、縦割りになります。しかし、情報共有やデータの集約を縦割りにしては、デジタルの力は活かせません。デジタルは基本的に横に繋ぐものです。どんな組織でもデジタル化を進めるためには横に繋ぐ強力なチームが必要です。
(以下略)
〔『中央公論』2020年10月号より改題して抜粋〕
1967年東京都生まれ。早稲田大学法学部卒業。会社員を経て家業を継ぎ、経営者として働く傍ら公益社団法人「東京青年会議所」理事長を務める。2005年衆議院議員選挙で初当選し政治家に。経済産業大臣政務官、衆議院内閣委員会理事などを歴任。東京4区、当選5回。
◆宮坂学〔みやさかまなぶ〕
1967年山口県生まれ。同志社大学経済学部卒業。出版社・株式会社ユー・ピー・ユーを経て97年に設立2年目のヤフー株式会社に転職。2012年4月より最高経営責任者(CEO)、同年6月より代表取締役社長、18年より会長。19年7月より東京都参与、同年9月より副知事。