角界を揺るがす力士の「余暇」問題 橋本治

時評2010より
橋本治

以前に友達から「力士は一日二食で、朝起きて稽古をして食事をして、その後は音楽を聞きながらゴロゴロしているものだ」という話を聞いた。「すごいな」と思うのはその後で、「そうやって体を作る−−つまり太るのが力士の務めだから、本を読むことは奨励されていない。本なんか読むのは、とても変わった力士だ」と言われて、唸ってしまった。「本を読むと太れない」というのは、私の深層を直撃するような「真実」だと思えたので、納得してしまった。大きな声では言えないが、本にはそういう性格があると思う−−我が身に問うてその身を削る、というような。もちろん、「太れる本」だっていくらでもあるだろうが。

 飯を食ったら、本を読まずに快適な音楽を聞いてゴロゴロしている−−まるで素晴しい家畜の育て方だが、心善なる私は、それでいいものだと思っていた。ゴロゴロしている力士の周りには「伝統的な相撲の世界」が存在しているのだから、その空気を吸って「心技体」の備わったよき力士になるのだろうと思っていたのだが、野球賭博の一件を聞いて、「その力士達は余暇をどのように過ごしているのだろうか?」と思ってしまった。もしかしたら、ただゴロゴロしているだけではないのかもしれない。ただゴロゴロしているだけでは、飽きてしまうかもしれないぞと。

 余暇時間の過ごし方は、現代人にとっての大きな課題でもある。昔の日本の男は「たまの休みには家でゴロゴロしている」だったが、今でもそれをやっていると、どこかから批判の声が飛んで来る。ましてや力士は、格闘技世界の住人である。日常生活の中にも、どこかで闘争本能を刺激するような娯楽を必要とするのかもしれない−−それで賭博は「当たり前の日常風景になってしまうのかなァ」などと−−。

(全文は本誌をお読み下さい)

〔『中央公論』2010年8月号より〕

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